メディア学部

School of Media Science 八王子

REC.007 chapter.1「先代、小池聰行社長とオリコン」

2012年11月13日開催

season1

REC.007 chapter.1
先代、小池聰行社長とオリコン

―垂石先生がオリコンに入社したのは、昭和50年(1975年)、巨人軍の長嶋茂雄選手が引退した翌年ですね。

垂石克哉氏(以下垂石と略):当時のオリコンは新卒採用制度がなく欠員募集だけでしたので、ランキングを集計する集計部員としての募集に応募した中途入社なんです。その後は集計部を皮切りに、業界誌「オリジナルコンフィデンス」編集部、札幌支局、「オリコンweekly」(今のオリ☆スタ)編集長、集計部長、出版部長、業界誌編集長などを歴任しました。そして、今のオリコンCEO小池恒(小池聰行先代社長の長男)が当時のオリコンのデータベース事業を分割独立し、新会社おりこんダイレクトデジタル社を設立する時に、そちらに移籍をしました。この会社は1年半で上場を果たしまして、今でも日本で2番目のスピード上場として記録に残っています。
ところが、旧オリコンの小池聰行社長がそれから1年ほどで急逝してしまったため、旧オリコンを今の新会社の方に吸収することになり、最終的にオリコンという社名も新会社が引き継ぎ、今のオリコンになりました。

―オリコンの創業者、小池聰行さんはテレビにもよく出ていらして、非常に親しみやすい方でした。お顔もどちらかというとユニークで、表現も自由で。いかがでしたか、小池聰行氏の人柄は?

垂石:とても眼力が鋭く物に動じない、常に先を見通して物事を決定している人でした。目に見えない人気を可視化(人の眼には見えない事物や現象を映像やグラフ・表などにして分かりやすく)するというアイデアを形にした、いわゆるベンチャー起業家の走りだったと思います。

―講義の中で、小池聰行さんの映像を見せていただきましたが、確かに今でいうベンチャー起業家だったんですね。

垂石:人気を可視化するという発想が当時としては斬新だったんですね。しかも、自分がマスメディアに積極的に出ていくというのも、企業IR、ランキングPRの両側面から見ても素晴らしい発想でした。当時、日本全国の若者で小池とオリコンの名前を知らない人はいなかったと思います。初めて会った人には、「オリコンって社員が何千人もいるんでしょうね」とよく言われました。あまりにも知名度が高くなって、ソニー的な巨大企業と勘違いされたんですね。実際には社員はわずか50人程度の企業だったんですが(笑)。

―当時はオリコンの他にもいくつかライバルのランキング会社があったようですね。

垂石:そうですね。オリコンがランキングの発表をスタートさせてほどなくして何社かランキングに参入してきましたね。ただ、今では当時のライバルはみな姿を消してしまいました。ランキングの発表自体はある程度のノウハウがあれば誰でもできることです。でも、公的機関が発表しているわけではないので、そのランキング自体をマネタイズしていかなければなりません。そのためには、ランキングの正確性を多くの人に認知してもらい注目してもらう努力が必要なんです。正確性と信頼度と注目度。ライバル会社とオリコンの違いはまさにそこにあったと思います。正確性と信頼度のアップ要因はオリコンだけが推定売上枚数での発表だったこと。また、注目度を高めるのには、先代社長がメディアに積極的に進出したことが大きな効果があったと思います。

 

chapter.1 先代、小池聰行社長とオリコン

垂石克哉さん

REC.007 垂石 克哉さん
オリコン・エンタテインメント株式会社 取締役
オリコン・リサーチ株式会社 取締役 /p>