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大学の学びはこんなに面白い

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「水に含まれる微量物質の研究を通して環境問題を考える」

応用生物学部 浦瀬太郎 教授

応用生物学部 浦瀬太郎 教授

■先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

「水環境研究室」という研究室名ですが、具体的には上下水道,河川,廃棄物などに関連する水環境分野です。その中でも微量物質に関係する研究を行っています。例えば、臭気。水質というと、水中に含まれる窒素やリンといった栄養塩や有機物の量を問題にしがちですが、私たちが元来、どういうふうに水をきれい・汚いと感じるかというと、見た目や臭気ですよね。ところがそういう部分は、今まで研究者に関心を持たれなかった部分なのです。ですから、もう少し人間の感覚に根ざした水質評価があってもいいのかなと考えて、においの研究に取り組んでいます。実際、学生たちと川へ行って採取してきた水を研究室内に持って帰ってきてから、特定の物質の含有量をガスクロマトグラフ-質量分析計という精密機器で調べたり、学生たちににおいを実際に嗅いでもらったりして調べます。においを嗅ぐのは原始的な方法で、採取した水を何倍まで薄めたら、臭わなくなるかということを調べて、その水の持っているにおいを評価しています。イヌの鼻が優秀なのはよく知られていますが、ヒトの鼻も物質によっては1,000万円近いガスクロマトグラフ-質量分析計よりもにおいをうまく嗅ぎ分けます。川だけでなく、本学内にある排水処理施設の下水処理水も毎日、調べているんですよ。嗅覚には、濃い臭気に曝されると麻痺してしまう問題がありますが、逆に薄いにおいを嗅ぎなれると敏感になる傾向があるように思います。学生たちもだんだん下水処理水特有の臭気を探しにいけるようになってきています(笑)。まだ研究途中で、下水処理水のにおいを支配する要因はわかっていませんが、証拠を掴むことができれば、いずれはコストをかけずに臭気をなくす下水処理方法の開発などにつなげていきたいと思っています。

臭気試験の様子 三角フラスコを振って,開栓し,臭気の有無を判定する。

■においの他には、どういった微量物質に注目していますか?

研究成果が上がっているのは、医薬品です。私たち人間は病気などを治すため医薬品を使っていますが、それを飲んだり塗ったりしたあと、それらは排泄やシャワーなどで生活排水としてそのまま下水道に流されていきます。今、下水処理は、基本的に微生物で行われているのですが、実はその微生物が下水に含まれる医薬品をなかなか分解してくれないことがわかっています。ですから下水処理を経た水(下水処理水)の中にも、1リットルあたり1マイクログラムというようなごく微量ではありますが、医薬品は残っているのです。例えば、頭痛薬に使われるイブプロフェンや、鎮痛系ですとインドメタシンなどは使用量が多いこともあって研究例がたくさんあります。そういうものが残ったままの下水処理水が、そのまま川に流されていきます。この研究も川から水を採取してきて、特定の物質がどのくらい含まれているのかを測ったり、川の環境と同じ条件で川の水を混ぜ続けて、何日くらいで微量物質の濃度が減るかを調べたりしています。
誤解のないようにいうと、下水に含まれる多くの有機物は微生物が分解してくれるので、下水処理場が機能していないということではありません。ただ、特定の物質に着目するとあまり処理されていないということなのです。また、下水処理水に医薬品などの微量物質が残っているからとって、環境にどんな問題があるのか、あるいはないのかということは、まだわかっていません。それを考える手がかりにしようと、この研究室では、“抗生物質耐性菌”の研究にも取り組んでいるのです。

ガスクロマトグラフ・質量分析計による医薬品の分析

■“抗生物質耐性菌”の研究とは、どのようなものですか?

抗生物質耐性菌とは、抗生物質が効かない細菌のことです。例えば、最近、結核が依然として問題だと言われています。結核菌の中でも抗生物質が効かないものが増えているようです。なぜ耐性を持つ菌が出てくるのかというと…それはまだ明らかではありませんが、おおもとの理由は私たちが抗生物質を使うからではないかと思います。私たちが飲んだ抗生物質が、処理されないまま川などの環境に出ていくと考えると、抗生物質に強い細菌が環境中で選択される可能性があります。抗生物質耐性菌が人間の体内や病院内ではびこることは非常に大きい問題ですが、それだけでなく環境の中でもはびこることになります。そして、その環境中の耐性菌は、何からの形で人に影響する可能性があります。この研究室で扱っているのは大腸菌ですが、大腸菌が持っている耐性遺伝子が別の病原菌にうつる可能性も否定できません。環境中の医薬品や環境中の耐性菌がヒトにどう影響するのかはわかりませんが、まわりまわって影響があるのではないかと考えるのが環境分野の研究のひとつのアプローチです。

■環境への影響は、簡単に言い切れるものではないのですね。

環境の研究で、100%の因果をいうことは難しいです。ですから、自分自身でロジックを立てて、「こんなことも考えられるかな」というスタンスで取り組んでいます。学生にも、自分自身で研究の意味づけをして取り組んでほしいとよく言っています。そうしないと、目的のない研究に陥りやすいのも確かです。もちろん、因果がはっきりしなくても社会が動くことはあります。ダイオキシンや環境ホルモンがそうでした。因果がはっきりしていなくても、みなさんが問題だと思うと何らかの対策がとられて、社会が動きます。ですから医薬品が大きな問題かどうかというのは、まだわかりませんが、私は環境中の医薬品の問題を人間社会と環境の関係を見直すのに良いテーマだと考えています。

多摩川での藻類の調査風景

■先生にとって、この分野の研究の面白さとはどんなところだと思われますか?

環境分野の研究は、様々なアプローチの仕方が許容されている分野です。地球温暖化の問題のように理論先行型の研究分野もありますし、実験によって思ってもみなかった意外なことがわかる分野もあります。例えば、1995年頃の日本では、廃棄物処分場のあり方が社会的に大きな問題となっていました。その当時、八王子の奥にある谷戸沢廃棄物広域処分場では、処分場の底に敷いたゴムシートが破れて、地下水などが有害物質で汚染されているのではないかと、大きく騒がれていました。それがきっかけで私は、ゴミの埋立地からどんな物質が出ているかを調べ始めたのです。ごみの埋立地から出てくる水にはさまざまな物質が含まれていましたが、特に高濃度に含まれていたのが「ビスフェノールA」という物質。そのときは、それがどういう意味を持つのか全くわかっていませんでしたが1999年に、環境ホルモンの問題が取りざたされるようになって、「ビスフェノールA」が問題だと騒がれました。それで私は廃棄物処分場にいっぱいありますよと発表しました。世界でもかなり早い段階で私は「ビスフェノールA」が処分場にあることを見つけていましたから。このように「ビスフェノールA」を見つけようと思っていたわけではないけれど、それが見つかった後で環境ホルモンだとして意味付けされるように、環境分野の研究は、やってみてから意外な発見がある分野で、必ずしも、目的先行型の研究だけが認められる分野ではない。逆にいえば、何でも取り組んでみないと研究にならない。頭で考えるばかりでなく、まず調べてみるということが重要なのです。
また、この研究室では、フィールド調査を大事にしています。川や野外へサンプリングに出かけて、分析は研究室で行うというスタイルです。現場を見るということは、大事です。水質を数字でだけ評価しても十分ではありません。それに実際に行ってみると、例えば「なぜここに黒い藻がはえて、数メートルしか離れていないこちらは茶色なのだろう?」と疑問が湧きます。そういう観察が重要ですし、環境分野の研究の面白いところだと思います。[2009年11月取材]

■水環境工学(浦瀬太郎)研究室
http://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=17

■個人サイト(浦瀬研究室へようこそ)
http://www2.teu.ac.jp/urase/index.html

・次回は1月15日に配信予定です。

2009年12月2日掲出