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精神障害を持つ人が安心して暮らせる地域社会づくりを看護職の立場から支援したい

医療保健学部 看護学科 妹尾 弘子 准教授

医療保健学部 看護学科 妹尾 弘子 准教授

呼吸器内科の看護師や保健師としての現場を経て、精神看護の分野に入った妹尾先生。現在は、精神障害を持つ人と地域社会との関わりについて研究を進めています。今回は、3度にわたり行われたイタリア・トリエステでの調査研究を取り上げ、お話しいただきました。

■先生の研究について教えてください。

私の専門は、精神看護という分野になります。研究では「精神障害を持つ人が安心して暮らせる地域社会を目指すうえで、看護職にできることは何か」をテーマに、様々な方へのインタビューに取り組んできました。例えば、2005年、2007年、2008年に、イタリアのトリエステという都市で実施したインタビューがあります。トリエステは、精神障害に関する医療や看護、福祉の領域では、かなり名の知れた土地です。というのも、そこは30年ほど前から公立の精神病院を閉鎖して、地域のみんなで精神障害を持つ人を支えていくという試みが長期間にわたりなされて、世界で唯一成功したところだからです。アメリカや他のヨーロッパ諸国でも、同じような試みが行われましたが、精神病院を閉じると浮浪者や自殺者が増えてしまい、結局は成功しませんでした。では、なぜトリエステだけが成功したのでしょう? その明確な理由はわかっていませんが、ひとつには、バザーリア先生という改革の中心となった医師の存在があったからだと考えられています。トリエステのことを取り上げた記述には、この医師に関することがたくさん書かれています。ただ、私としては、一人の医師の力だけで成し遂げられることではないと感じていて。そこから、この精神医療改革が起きたとき、その病院で働いていた看護師たちは何を感じ、何をしたのだろう? ということに関心を持つようになったんです。そこで実際にトリエステへ行き、当時の改革に携わった看護師を中心にインタビューをさせていただきました。どのようにして精神病院を閉じたのか、自分たちの職場が病院から地域へ移ることに伴い、自分自身のアイデンティティが崩れたり、仕事内容が変わったりすることをどう捉えていたのかということを伺ってまわったんです。

バルコラ保健センターの看護師たち

■精神医療改革に携わったトリエステの看護師からは、どんな話が聞けたのですか?

当時の精神病院は治療というより、患者さんたちを病棟に閉じ込めることが主要な目的となっていたそうです。看護師は、患者と話すことを禁じられていて、管理し、監視するという役割を担っていました。そこへバザーリア先生がいらして、「患者を収容するのではなく解放しなさい」「患者と対話をしなさい。鍵をかけずに扉を開きなさい」と取り組んだわけです。もちろん病院内でも、それに反対して辞めていった看護師はたくさんいたし、地域でも反発があったようです。精神障害を持つ人が地域に出てくるということで、住民たちには不安があったし、差別や偏見もありますからね。そこで医師や看護師たちが、地域住民の方たちへ「何かあれば、私たちが対処します」「精神障害を持つ人は、こういう人たちなんです」と、毎日、出向いて行っては説明して、進めていったそうです。また、イタリアにはカフェやバールと呼ばれる立ち飲み店があるので、そこへ精神障害を持つ人たちと毎朝行って、他のお客さんと共にクロワッサンを食べ、エスプレッソを飲んで、病院へ帰るということを繰り返したそうです。すると最初は警戒していた店の人やお客さんたちも、精神障害を持つ人たちは別に危害を加える人たちではないのだとわかり、少しずつ慣れていったんですね。そのプロセスはとても地道だったけれど、医師と看護師と患者が一体となって取り組んでいったのだと、当時、看護師だった方がお話ししてくださいました。こうした情報は、日本の精神障害を持つ人と地域社会、そこに関わる看護職について考えるうえでも、きっと役立てられると思います。

■日本でも活用できそうな発見はあったのでしょうか?

日本とイタリアとでは文化が違いますから、トリエステと同じことをすれば良いというわけではありませんが、何より精神病院を閉じたことが看護師たちの意識改革に大きくつながったということはわかりました。精神障害を持つ人たちが地域で暮らすようになると、看護師はその方たちとどう関わり、どう看ていったら良いのだろうと考えるようになったそうです。また、患者さんと会話するようになって初めて、「精神に障害を持つ人は、こんなに心の優しい人だったのか!」と気づいたと言います。そうした気づきから、患者さんたちを危険だと思い込み、監視をしていた自分たちこそが、与えられた権力を振りかざして患者さんを病室に閉じ込めていたのではないかと思うようになっていったそうです。 ですから日本でも、精神障害を持つ人のための社会復帰施設などは建設されていますが、そうしたハコモノだけでなく、精神障害を持つ人への理解をどう進めていくかということにも同時に取り組んでいくことが重要だと感じています。そうすればトリエステをきっかけに、イタリア全土に同じような運動が広がっていったように、日本でも何かをきっかけに、今の状況をよりよくすることができるのではないかと思うんです。そのきっかけとなる“切り口"を見つけようと、今、国内で別の調査研究を行っています。具体的には、地域で暮らす精神障害を持つ人を支える民生委員や精神福祉ボランティアの方にインタビューして、その方と精神に障害を持つ人とが、どういうふうに関わっているのか実態調査を続けているところです。ありのままの現実を明らかにすることで、私たち看護職が手伝えることが見つかるかもしれませんし、逆に学ばせていただくことがあるだろうと思って取り組んでいます。

トリエステの街並み

■先生が精神看護学の分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

ひとつは、母校に戻り助手として精神看護学の実習を担当することになった時、それまで精神科病棟に勤めたことのなかった私は、勉強で身に付けていた知識と実際に出会う患者さんに大きな違いがあると感じたことです。精神障害を持つ人は、社会的に弱い立場であったり病気の苦しさがあったり、差別や偏見を受けたりしているということを知識として学んでいたのですが、実際、私の目の前にいた患者さんは、ユーモアがあって、人としてとても魅力的な方だったんです。その違いに驚いて、関心を持つようになりました。 また、助手1年目のときに出会った患者さんの影響も大きいと思います。その方は、長期間の薬のせいで呂律がまわりにくく、お話されていることがよく聞き取れない患者さんでした。あるとき、病棟で私の足がつって「痛い!痛い!」と騒いでいたら、その方がすっと傍に来て、私の足を黙って撫でてくれたんです。そのとき、はっとしました。私はその方のお話がわからなかったために、あまり関心を持って接していなかったけれど、そんな私の足を優しく撫でながら「痛いね」と言ってくれているのがハッキリとわかったのです。その時私は勝手にこの方を「よくわからない人」と決めつけていた自分を反省し、それから精神障害を持つ人たちは毎日どんな思いでいるのだろうか、という気持ちを持つようになりました。そういう患者さんとの出会いがあったからこそ、今があるのだと思います。

医師、看護師、心理士など他職種と毎日ミーティングをしながら患者さんを支えています

■将来、学生には、どんな看護師になってほしいとお考えですか?

疑問に思ったことは自分で調べて、勉強していく習慣を大学時代に身に付けてほしいと思っています。看護職は、生涯、勉強を続けていく仕事ですから。また、患者さんの言葉・行動ひとつひとつに、どういう意味があるのかを考えられる人になってほしいです。患者自身の持っている力を最大限引き出すという点では、精神科でも一般科でも看護としては同じですが、精神科の場合、疾患の特徴上、わかりづらい部分も多々あります。血液検査では把握できないことがあるし、患者さんとの関わりの中でしかわからないこともあります。ですから細かく丁寧に観察をすることで、患者さんの言葉や態度、行動などが本当は何を意味しているのか、その人の背景や思いまでも考えられる看護師になってもらいたいですね。

悩みを抱える女性なら誰でも参加できるグループ、人種、年齢など、何も問いません

■最後に、今後の展望をお聞かせください。

今取り組んでいる研究と並行して、小・中学校や高校での精神障害に関する授業がどのくらいあるのか、また精神障害に対する生徒たちの知識がどの程度あるのかを調べたいと思っています。低学年の頃から精神障害についてきちんと理解しておけば、そうした障害が特別なことではなく、誰にでも起こり得ることだと認識できます。また、自分自身に何かあったとき、誰かに相談するという術を身に付けられるのではないかと思うんです。誰かに相談できれば、精神に障害をきたす前に、それを防ぐことができるかもしれません。地道な話ですが、そういう教育ができれば、今、低学年の方たちが大きくなったときに、少しは社会の状況を変えられるのではないかと思っています。

■医療保健学部 看護学科 妹尾 弘子 准教授個人ページ
https://www.teu.ac.jp/info/lab/teacher/medical_dep/259.html

■医療保健学部
https://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/

2012年3月9日掲出