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デザインは、人間の生活の中で生まれ文化をつくってきた“知恵”。その幅広さ、奥深さを学び、力にできるのがデザイン学部です。

2013年6月14日掲出

デザイン学部 池田 政治 教授

デザイン学部 池田 政治 教授

今年4月に本学へ赴任し、デザイン学部の学部長を務めている池田先生。木彫などのアート作品から広場や公園のレリーフ、巨大モニュメント、さらには多くの環境・空間デザインまで幅広く活動しています。今回は先生の作品やデザインに対する考え、デザイン学部の教育について伺いました。

天空

■先生の作品について、お聞かせください。

 これまでの仕事を振り返ると、実にさまざまなことに取り組んできたと思います。木彫もあればモニュメントなどのパブリックアート、環境・空間デザインと、同じ人が手がけているとは思えないほど範囲は広いです。例えば、木彫はもう40年ほど続けてきたものですが、これはまったく個人的な創作活動であり、私という個人が生きていく上でのバランスをとるための活動となっています。誰しも手を動かして、好きにものをつくったり描いたりすることは、楽しいですよね。趣味としてものづくりに没頭することで、精神的に救われたり時間の大切さを感じたりということは、人間がもともと持っているものだと思います。私にとっての木彫も、そういう位置づけの活動だと言えますね。
 一方、環境・空間デザインという仕事は、そうした個人的な創作活動とは異なるものです。例えば、1995年に東名高速道路の足柄サービスエリア(上り線)で、全長350mという大空間の外構デザインをディレクションしました。もともとこの大空間は、何もない無機的な空間だったのですが、そこをもっと人間的な空間にしたいと依頼を受け、始まった仕事です。一時は、木を植えるという計画もあったのですが、木々はサービスエリア周辺にたくさんあるので、逆にそれを引き立てるようなシンプルな人工物がふさわしいだろうと考え、最も単純な形にしました。大きさの異なるモニュメント9基を林立させ、それらの配置によって有機的な空間を生み出す試みをしました。このモニュメントの素材は鉄筋コンクリートで、一番下にはステンレスの板を通してベンチのようにしています。そこに座って上を見上げると、頭上に大きな枠がどんと見えるわけです。また、このモニュメントには、スピーカーや照明が組み込まれていて、サービスエリア内で流れる必要な情報が聞こえるようになっていたり、夜はぼんやりと内側が光って目印になったりもする、いわゆる“機能”を持たせています。加えて、こういう大がかりな作品は、当然、私ひとりの手によるものではなく、非常に工業的な管理の下、工場内でつくられますし、音響や照明の専門家も携わっての協働の仕事となります。ですから、これはまさにデザイナーの仕事なんですね。作家の名前や個性が全面に出ない無名性の、完全に裏方に徹した仕事です。そういう点からも、木彫の作品とはスタンスが違っているわけです。
 ただ、こうしたジャンルの異なる作品たちも根幹では、“人の役に立つ”という共通部分を持っています。彫刻作品にしても、単に自分の個性を人に押し付けるのではなく、作品を置く場所まで想定してつくっています。その場所でなければ作品が成立しないというものをつくっています。それは別の考え方から言えば、「デザイン」そのものだと言えると思います。

足柄サービスエリア

■先生の作品が幅広い理由は、どういうところから来ているのでしょうか?

 もともと私は、大学で工業デザインを学んでいて、将来は工業デザイナーになろうと考えていたんです。当時はデザインが全盛期に向かっていく時期で、特に車のデザインは人気がありました。大学卒業後は、世界的なプロダクトデザイナーである柳宗理さんの事務所に勤めたのですが、どうも工業デザインの機能に縛られた制約が自分には向いていないような気がして。もちろん、それは当時のデザインに対してという意味であって、40年経った今は、また違っています。その当時のデザインは、企業によるものづくりにばかり特化されていた時代でした。それはつまりアメリカ的なデザインであり、大量生産・大量消費を前提とした消耗品のデザインです。日用品ひとつとっても、使いやすくて便利だけど、あえて壊れるものをつくらなければならない。量産品は壊れないと、商売になりませんからね。要は商業主義がベースにあるわけですが、決してそれが悪いというのではありません。人間には新しいものを求める欲望があって、時代とともにその思いも変化し、流行も変わっていきます。ただ、戦後の日本は、そこにばかりデザインの焦点がきていたので、私には違和感があったのです。
 逆に、日本的なデザインについて考えてみると、それは生活の中から自然と生まれてきたもののように思います。日本の伝統的な道具や建築は、その土地や風土にあって工夫を積み重ねてきたものであり、生活そのものがデザインです。その原点は200年、300年と続くことで完成されてきた生活の“知恵”だと言えます。例えば、茶室なんて素晴らしいデザインの結晶です。茶室は、建築、庭園、道具、書との関係など、すべてが一体となっていますから、それこそ世界から見れば、驚くべき日本の“デザイン”でしょう。ところが、私が就職していた当時は、そういう日本の伝統的なものが失われていく時代でした。安くて便利な大量生産型のものづくりによって、急激に手仕事が失われ、職人たちが次々とやめていく時期だったのです。そういう“知恵”の文化が軽んじられる当時の工業デザインに違和感があり、結局、その世界から退き、紆余曲折を経て東京芸術大学の大学院に入りました。そこで手を動かして自由にものをつくることに開放感を感じて、機能に制約されない、自由なフォルムを追求した作品づくりをスタートさせたのです。それがやがて木彫へと繋がっていくことになりました。
 ただ、私自身は、当時から消耗的なデザインも伝統的なデザインも両方が必要で、どちらが良い悪いというものではないと考えてきました。先ほど、デザインは“知恵”から生まれると話しましたが、その一方には“知識”と呼ばれるものがあります。知識はいつでも知恵より後にあって、知恵を大系づけることで学びやすくしたり、ものを論理的に考えたり、次の新しい思考を組み立てるための重要なベースになります。その知識が科学を生み、経済発展をもたらしてきたわけです。その知恵と知識のバランスが高度経済成長によって崩れたため、知恵によるデザインが低く見られ、生産性に合わないと虐げられたのです。私の制作スタイルが木彫のように自由に手を動かしてつくるものと、人や空間の関係性を考えて色々な人と協力してつくる環境・空間デザインというまったく違うものに分かれているのも、この知恵と知識のバランスを保ち、結び付けたいと考えてきたからだと思います。

鳥たちの時間

■では、デザイン学部の学生には、どういうことを身に付けてほしいですか?

 今あるものを見るだけでなく、今見えるものの一歩先を見る力を身に付けて欲しいし、その大切さを理解して欲しいと思っています。それがデザイン学部の教育理念でもありますから。デザインと言うと、学生はファッションなど、流行的なものをイメージしがちですが、先ほどお話ししたように、本来、デザインは人間の生活や文化をつくってきた、長く受け継がれてきた歴史をベースにしたものです。ですからデザインは決して一過性のものばかりでもなければ、企業がつくりだすものばかりでもなく、もっと幅広いものなのです。さらに踏み込んで言えば、ものをつくることだけがデザインではなく、ものを紹介することや良いものを人に伝えるといったコミュニケーションまでもデザインと呼べます。そう考えれば、デザインを学びながらかなりの職業でデザインの力が活かせることがわかってくるはずです。

和みの樹

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 作家としての活動は、変わらず続けていきます。こういう学部では、教員がどういう仕事をしているかが、とても大事ですから。また、環境・空間デザインの仕事では、足柄サービスエリアの、9基のモニュメントのように、複数のものが関連することで何かが生まれる「ものの関係性」を重視したデザインを今後も手がけていきたいと思っています。本来、環境的なデザインは、機能がきちんと組み込まれた、非常に効率の良い空間をつくっていくことにあります。そこをベースにしながら今後も仕事をしていきますし、学生にも全体を見るという大切さを伝えていきたいですね。
 本学のデザイン学部としては、一人の個性的なアーティストを輩出するのではなく、デザインの持つ力や可能性を社会の色々な場面で活かせる人をたくさん育てたいと考えています。そういう点で、美術系大学とは一線を画しているわけです。また、デザイン力を備えた人を育てるため、本学部では2年間という他大学に類を見ないほど長い時間をかけて、基礎となる感性教育を行っています。さらにベースが工学系の大学という持ち味を活かして、美術系大学では学べないようなコンピュータ技術をスキル教育として教えています。この感性教育とスキル教育は並行して行うことで、相互に関連するようにしているので、うまく作用すれば、かなりユニークな教育としての成果が出るはずです。
 今年で学部ができて4年目を迎え、来年には初の卒業生が誕生します。あと数年もすれば、卒業生の中からは、あっと驚くような面白い人たちが登場して社会で活躍するはずです。そのくらい潜在能力を持った学生がいますから、今から楽しみにしています。

・次回は7月12日に配信予定です。