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人々の日常生活に密接に関わる作業療法を行うために、ひとつでも多く社会的経験を積んでおこう!

2013年8月7日掲出


医療保健学部 作業療法学科 安倍あき子 准教授

医療保健学部 作業療法学科 安倍あき子 准教授

一般企業に就職後、生涯を通じてできる仕事をと作業療法士の道に進んだ安倍先生。海外への留学・滞在経験も豊富で、障碍者の自立について国内外の視点から考察されています。今回は、先生の研究内容を中心に、お話しいただきました。

トロントで地域生活をされている方をお尋ねして

■まずは、先生のご研究についてお聞かせください。

 私にとって印象深い研究は、カナダの大学院に留学していた2001~2003年に行った「障碍を持つ方にとっての“自立”とは何か」というテーマの研究です。日本とカナダの作業療法士、各9名に「あなたが自立していると考える障碍者とはどのような状態であるか?」ということを自由に語ってもらい、その内容の分析に取り組みました。
 なぜこうしたテーマに興味を持ったかというと、私が医学的リハビリテーションの世界に入って最初に勤めた病院が、脊髄損傷の方々の多いところだったんですね。事故などで脊髄を損傷された方々は比較的若い方が多く、障碍があっても非常に力強く地域で生き、活躍している方がたくさんいました。彼らを通して、1970年代以降に日本で起こった「自立生活運動」という社会運動に関心を抱くようになりました。「自立生活運動」というのは、医学的リハビリテーションの中でごく当たり前に、しかも頻繁に使われている“自立”という言葉に対して、それが一体何を意味するのかということを当事者の方たちが問題提起した運動です。身体に障害があれば、物理的には絶対的なハンディキャップがあります。それなのに、何もかも自分ひとりでできるということが、果たしてもっとも大切なことなのだろうかと。必要ならば助けを得ても良いではないかと。一番大切なのは、自分の人生をどう生きていくか、それを自分で選び取って、自分自身で決めていくことではないのだろうかと…。そうした考えを大事にしながら地域で生活している方々との出会いは、私にはとても鮮烈な体験でした。そして、私たち作業療法士は、障害を持つ方々の自己選択や自己決定を大切にする関わり方が本当にできているのだろうか?と、自分自身の反省も含め、疑問に思ってきました。

■この研究を実施して、どういう結果や成果が得られたのでしょうか?

 「自立」に関して、大きく3つのカテゴリーが浮かび上がってきました。ひとつは何かができるという能力としての自立(independence as competence)、それから、先ほど述べた自己選択や自己決定という意味での自律性(independence as autonomy)、そして心理的な資質としての自立(independence as psychological qualities)。両国の作業療法士はいずれも、これらに触れる形で語っていました。その中で、私たち日本人の作業療法士は、概念的には、障害者の自己選択や自己決定ということをとても意識していることが、今回のインタビューの中でも感じられました。その一方で、「他人に迷惑をかけないように」とか「できるだけのことは自分でしたうえで、人に助けを求めることが大事だ」ということも述べているんですね。つまり概念的には“自立”と、自己選択や自己決定が結びついていることを意識しながらも、“慮る”という日本独特の文化が自然と現れているのではないかと思います。
 2010年の内閣府による「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」の結果をみると、近所の人たちとの付き合い方として、日本は他の調査対象国(アメリカ、韓国、ドイツ、スウェーデン)よりも、ものをあげたりもらったりするという回答が非常に多く、50%を越えていました。ところが「病気のときに助け合いますか?」という問いには、日本は最もその数値が低い結果となりました。すごく交流があるようでいて、何か人に迷惑をかけそうな場面になると、頼めないという現実があるのだと考えられます。この調査は高齢者を対象にしていましたが、高齢者に限らず恐らく日本人の多くが、生きていくうえでは自分でできなくてはならないと思っていて、なおかつ、できなくなったときに人に迷惑をかけてはいけないので頼めないという意識があるのだろうと思います。一般的な言葉のとらえ方、日本の社会のもつ空気に加えて、私たちリハビリテーションのスタッフのもつ価値観がリハビリテーションの対象者に与える影響は、計り知れないと思います。医学的リハビリテーションは、もちろん自分でできるように働きかける部分もたくさんありますし、私たちはそれを援助する腕をしっかりと磨かなくてはなりません。自分でできることが、喜びや自由につながることも多いでしょう。でもそれが仮にかなわなくとも、決して絶望するようなことではなく、大切なのは自分で選択して決めることができ、必要であれば助けを求められることなのだ…ということが人々の意識の中に浸透していけば、人々がもっと不安なく生きていける社会へと近づけるのではないかと思っています。

大学院での指導教官と一緒に

■では学生には、大学の4年間をどう過ごしてほしいと思いますか?

 作業療法士は、医学の知識を持ちながら、人間が“作業”に取り組めるようにする、つまり人間とその人間が行う“作業”とをつなぐ役割を担っています。そのため人間の身体や心に関する知識や理解は必要不可欠で、学ぶ範囲も解剖学の領域から心理学の領域まで広範に及び、勉強はかなり大変です。しかし大学の4年間で苦労して身につけた知識や技術は、その後の全てのベースになります。医療従事者は、生涯学び続けなければならない職業ですが、その基盤となるのが大学の勉強なのです。また、“作業”とは、わかりにくい表現ですが、「日常生活の諸活動や仕事、遊びなど人間にかかわるすべての活動」を指しています。ある時にはそれは、趣味を楽しむことだったり、仕事をすることであったり、地域で一人暮らしをすることであったり…と、取り組みたい作業は、人それぞれ様々です。その援助をするためには、遊ぶとはどういうことか、働くとはどういうことか、生活するとはどういうことか等、具体的にイメージできることが大切でしょう。例えば、一人暮らしをしたことのない人、味噌汁一杯自分でつくった経験のない人が、これから一人暮らしをしなければならない人の生活支援をするのは難しいでしょう。ですから学生のみなさんには、在学中に社会的経験をひとつでも多く積んでほしいと思います。ボランティアに参加したり、実家暮らしの人は家事一切を自分でしてみたりと、率先して多様な経験に取り組んでみてください。
 近年医療や介護、福祉の領域では、単なる「延命」や「機能の維持・改善」だけでは、人間が幸福に生きていくには不十分であると、広く認識されてきました。大切なのは、「その時の体で、心で、その人がその人らしく何をするか」ということであり、これはまさに作業療法のいう“作業”だと思います。つまり作業療法士は、これからの時代、一層、その活躍が期待される職業だと思います。ただ、その仕事内容は、なかなかイメージしにくいものかもしれません。ですから受験生の方には、オープンキャンパスに参加したり、実際に現場を見学するなどして、作業療法士とは何か、作業療法学科で何を学ぶのかについてよく知ってほしいと思います。

韓国の作業療法士・学生さんたちと

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 今、作業療法学科と蒲田キャンパスのある東京都大田区が連携して、さまざまな活動をしていこうというお話が出てきています。この地域は古くからの住宅地であり、また日本の高度経済成長を支えた町工場がたくさんある特色ある地域です。大学として地域の方たちと共にどんなことができるか検討しているところです。また、現在私は工学系の先生方と一緒にリハビリ用の機器の研究に取り組んでいます。特にここ数年、新しい素材,センサー,IT技術などが次々と開発されています。こうした新しい技術をリハビリテーションの領域にも生かさない手はありません。本学には、コンピュータサイエンス学部やデザイン学部があり、学部の壁を越えて一緒に行うプロジェクトなども少しずつ拡がりを見せています。人々の日常生活に密接に関連した作業療法ですから、人々の生活を健康で豊かに楽しくするという面で、学部の枠を超えて、大学の枠を超えて、領域を超えた協業により、新しい何かを生み出すことができたら…というのは私の夢です。

・次回は9月13日に配信予定です。