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美術史は、いわば過去の膨大なデータベース。その中に隠されたヒントが制作の発想に役立ちます。

2014年8月6日掲出

デザイン学部 黒川 修一 教授

デザイン学部 黒川 修一 教授

美術史を専門とする黒川先生は、東京国立博物館や広島県立美術館での学芸員経験もあり、日本美術を中心に、西洋美術から中国工芸まで幅広くご研究されています。今回はデザイン学部における美術史教育と、これまでのご研究についてお話しいただきました。

■先生は本学でどのようなことを教えているのですか?

 私は美術史が専門なので、授業でも「美術史」や「芸術論」などを担当しています。ただし、ここはデザインを学ぶデザイン学部ですから、いわゆるアカデミックな美術史よりデザイン学部としての美術史ということに重きを置いて授業を展開しています。具体的には、時代ごとにさまざまな美術作品を取り上げ、その中にある“デザイン”、つまりなぜこの時代にこんな描き方やつくり方がなされたのか、どういう目的で使われていたのかとかいうことを紹介し、それを学生自身のデザインの実践に役立ててもらおうと進めています。

 画集に載っていたり美術館にあったりして、「これは美術である、芸術である」と紹介される「美術品」も、制作された当時は人々の生活とともに使われていたものなのです。たとえば屏風だって、ひとつのインテリアです。あるいは、掛け軸も季節や目的で掛け換えますし、襖にしても、この部屋にはこういう描き方で、こういうテーマで描こうという目的がありますよね。つまり、これらすべてが、室内デザインだと言えるでしょう。「美術品」の中には、デザインを考える上で重要な“目的”があるのです。その部分を切り離して、“芸術”として鑑賞するというのが近代以降の見方かもしれませんが、逆にその「美術品」がどう使われていたかに注目するのは“デザイン”の視点だと言えます。ですから、私としては純粋な美術とデザインを切り離して考えるのではなく、それらを一体化したものとして捉えて考えるようにしています。

■授業を進めるうえで、心がけていることはありますか?

 私が学生のときは、正直、退屈な授業もあったので、そうならないように工夫しています。たとえば、ぼそぼそと学生の顔も見ずに話すのではなく、大教室でも後ろの席の学生の顔までしっかり見、教室の後ろまで行って話しかけたりと、学生ができるだけ講義に集中していられるようにしています。また、極力たくさんの画像を使って作品を知ってもらえるようにも心がけています。

 それから、できるだけ毎年毎年、同じことをしゃべらないようにしています。その年々で学生の関心は異なりますから、何度か授業をしながら学生たちの反応を見て、話す内容を変えるなどのアレンジをしています。というのも私が博物館や美術館で学芸員をしていた時には、子どもからお年寄りまで、美術を知らない一般の方に向けて話をする機会が多々あり、相手の理解に合わせて説明をしていましたので、授業でもそのように心がけているつもりです。

■デザイン学部で美術史を学ぶ意義とは、どのようなところにあると思いますか?

 デザインは、自分の好きなものを好きなようにつくるのではなく、基本的にはクライアントがいて、誰かのために目的をもってつくるものでしょう。ですから相手がどんなものを求めているのかを考えながらデザインをします。このとき、美術史で学んだ内容も大いに役立つだろうと思うのです。美術史は、いわば過去の膨大なデータベースです。その中に隠されたヒントを見つけることで、相手が求めているものに近づけたり、よりよいアイデアを出したりできるわけです。学生にはそういう視点で美術史と向き合い、自身の発想や制作に役立てる姿勢を持ってほしいですね。

 また、学生の多くは、ものをつくることに楽しさを感じているので、実際に手を動かすことに関心が高いのですが、デザインを考えていくうえでは、やはり学科系の講義もすごく重要だということを認識してもらいたいと思います。デザインは、技術の巧みさだけでなく発想力も求められるものです。つまり優れたテクニックを養うことだけでなく、ものを考える力や知識も自分の武器になるのです。結局、それがデザインづくりの力となって、より素晴らしいものをつくったり、アイデアに繋げたりすることができるのだと思います。

 私自身の話をすれば、大学時代は、美術史や美学の研究をする芸術学科に所属していたので、美術理論を専門に学んでいました。しかし当時私の学んだ大学では美術史の専攻にも入試にデッサンがありましたし、1、2年生では実技の授業もありました。美術や芸術を理解するには、理論や知識と同時に、基礎的な実技ができた方が良いという教育を受けたのです。私も、実技と知識・理論の両方を学ぶことによって、美術はよりわかりやすく理解することができるのではないかと思っています。

■では、先生ご自身の研究について、お聞かせください。

 研究対象とする時代は幅広いのですが、分かりやすいものでは、江戸時代の画帖について詳しく解説した本の中で、江戸時代の絵師である長沢蘆雪(ろせつ)が描いた「宮島八景図」という画帖について調べ、それまでの定説とは異なる解釈を示しました。

 「宮島八景図」は、広島県にある宮島の四季折々の様子を描いたもので、従来は「蘆雪が古来有名な宮島八景の四季折々をスケッチして、写実的に描いた」と解説されてきたのですが、私はこの画帖が、一体、誰が何のために、どういう目的で使ったのかという部分を明らかにしたいと思ったのです。そこで実際に宮島へ足を運ぶなどフィールドワークをして調べてみると、まず“古来有名な宮島八景”が、それほど古いくからあったものではなく、江戸時代に意図的につくられたものだとわかりました。宮島八景は、その場所についての歌や俳句を詠むためにピックアップされた八つの情景だったのです。

 また、この画帖は、宮島八景の選定にかかわった人物とも懇意であった広島の裕福な商家が、京都の絵師・蘆雪を広島に招いて自邸に滞在させて描かせたものなのですが、当時の京都に大勢いた絵師たちは、絵師の少ない地方に招かれ、その土地で絵を描く仕事を請け負うということをも行っていました。絵師も、当時は「芸術家」ではなく、生活のために描いていた職人だったのです。

 そうして、その蘆雪を招いた広島の商家は、蘆雪に描かせた四季折々の宮島の絵をめくりながら、実際に宮島まで行かなくても、またその時の季節についてでなくても、仲間とともに歌を詠み合うということをしていたのです。つまりこの画帖は、歌を詠むためのコンテンツとしてつくられ、使われていたということがわかったのです。また、蘆雪は「宮島八景図」のいずれの絵でも、すべてをしっかり描き込んではおらず、割と余白を多く残しています。これは余白が多い分、気持ちを投影して歌を詠みやすくするためだろうと思われます。余白によって、いわゆる余情というものを感じさせているのでしょう。当時の趣味人たちは、こういう余白部分を含めてこの絵を見て、心を遊ばせ、俳句や歌を詠んでいたのだろうと思います。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 研究では、やはり美術品とデザインとを分けずに捉えて、美術品の中にどういうデザイン的な要素があるかを研究し続けていきたいと思っています。時代は特にこだわりませんが、具体的な作品を取り上げ、それを分析することで研究を進めていこうと考えています。

 また、学生には古今東西の美術・芸術・デザインを知ることで、自分の世界を広げていし、本当にいろいろな作品を知ってもらいたいと思っています。学生の中には、自分ではオリジナルのつもりでつくった作品でも、自分の好きなゲームキャラクターやマンガのスタイルの模倣の域を出ていない人も少なくありません。ですから、もっと現在興味がない分野にも目を向けて、学んでもらえたらと思います。

 私も元々は西洋美術や現代美術に関心があって、美術史を学び始めたのですが、あえて当時の自分と距離のある日本美術を専門に選びました。もちろん、今も西洋美術は好きですし、授業でも教えていますけれど、あえて自分から少し遠いものを学んでみることで、自分の中のものさしに、いろいろな目盛ができるように思っています。たとえば、食に関して言えば、ミシュランガイドに掲載されているフレンチばかりを食べていても、食の感覚は広がらないのではないでしょうか。様々な領域のいろいろなレベルのものを食べることで、自分の食に関するものさしの目盛は豊かになっていくのだと思います。願わくは私の授業が、学生にとってその目盛を増やすきっかけになると、うれしいですね。

■デザイン学部WEB
http://www.teu.ac.jp/gakubu/design/

・次回は9月12日に配信予定です。