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香りの分子情報を捉えるセンサを追究して、いつか人の嗅覚を代替するセンサシステムを開発したい!

2015年10月9日掲出

コンピュータサイエンス学部 杉本岩雄 教授

企業時代は、通信衛星の固体潤滑に用いる薄膜の研究を手がけていたという杉本先生。ある薄膜が非常によくガスを吸着することを見つけ、薄膜からニオイの情報をキャッチするセンサの研究に取り組むようになったそう。今回は、先生のご研究のうち、オープンキャンパスなどでも披露されている茶葉の香りの研究について伺いました。

■先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

 私の研究室では、香りに関する研究をしています。香りやニオイは、さまざまな気体分子から成るため、それらの分子情報を総合的に捉える高感度のセンサを研究室で開発し、そこで得られた情報をわかりやすく表現して、生活に役立てようと研究を進めているわけです。 測定対象は、木材、エッセンシャルオイル、土壌、室内大気、呼気と幅広くあるのですが、今回はその中でも茶葉の香りに関する研究を紹介しましょう。ご存知のように、お茶とひとくちに言っても、たくさんの種類があります。発酵茶である紅茶や

 半発酵茶のウーロン茶、発酵させない緑茶でも品種や産地で香りはさまざまです。そこでそれぞれの茶葉の香りをセンサで測定し、その情報をパソコンで統計処理して香りの地図をつくりました。よく使うのが、主成分分析という手法です。

この実験で用いるセンサは、当研究室が独自に開発したもので、水晶振動子というものをベースにしています。水晶振動子自体は時計の部品、いわゆるクォーツの時計に用いられる非常に一般的なものです。ガラスと同じ成分でできている水晶の薄い板で、電圧をかけると振動します。その振動のペースは振動数で表されるのですが、振動数は水晶の質量の変化に比例して変化するため、振動数の変化量を測ることで、水晶にかかる質量の変化を知ることができ、微小な質量の変化も量ることができるのです。

 私たちが研究で用いているものは、1秒間に900万回振動する、9MHzの水晶振動子です。これにニオイの分子が付着すると質量が大きくなり、振動が遅くなります。だいたい1Hzの変化で、1ナノグラムの質量変化に相当します。ただ、この水晶振動子だけでは、ニオイの分子を吸着する力が非常に弱いのです。そこで私たちは、水晶振動子の電極の表面にガスをたくさん吸着する薄膜(感応膜)をコーティングし、微弱な香りでも測定できるようにしました。

 また、この実験では、性質の異なる7種類の薄膜をそれぞれの水晶振動子にコーティングし、7つのセンサの組み合わせで、いろいろな香りに対応できるように工夫しました。この7つのセンサを使って、複数の茶葉の香りを測定し、その結果をもとに香りの地図を作成したわけです。


自作の真空蒸着装置 (左)、 蒸着源のアルミ筒と成膜基材の水晶振動子(中央)、感応膜をつけた水晶振動子(右)

■茶葉の香りの地図から、どのようなことがわかったのでしょうか?

 まず、地図の見方なのですが、縦軸の第一主成分は、センサで捉えた情報量の75%を含んだものになります。また横軸は第二主成分で、捉えた情報量の15%を含んでいます。情報量の多い第一主成分で、緑茶グループに目を向けると、縦軸の上のほうから下に向かって、さわやかな青葉の香りがするグリーン調の強い品種が並ぶ形になりました。

 一方、研究室の学生に茶葉の香りを嗅いでもらう感性評価を実施したところ、同様にグリーン調が強いと感じる茶葉ほど縦軸の上に行き、逆に下に行くほどフルーティ・フローラル調が強いという結果を得られました。この2つの実験結果から、センサで作成した香りの地図は、人の嗅覚を反映した傾向が得られていると考えられます。

 とはいえ、人間の嗅覚をセンサがそのまま再現できるのかと聞かれれば、そうではありません。それは非常に難しいことです。人間の嗅覚のメカニズムを考えると脳内での処理がありますから、再現するとなると、それと同じものをつくらなければなりません。それは困難ですし、センサとはまったく原理が違います。ですから最近のキーワードであるビックデータと関連づけて話せば、いろいろなセンサから取り出した大量のデータや人による感性評価のデータを組み合わせることで、結果的に人間の感覚の基軸に現象として合っていくのだろうと思います。

 ちなみに、茶葉の香りを嗅いで安心感や爽快感などを点数化して分析する感性評価に関する学生実験の簡易版を、オープンキャンパスでも体験してもらっています。

■研究の成果をどんなことに結び付けたいとお考えですか?

 香りやニオイのセンサの場合、方向が大きく2つあると思います。ひとつは、人によって香りに対する好き・嫌いや快・不快が違いますが、これを判断できるようパーソナルにチューニングしたセンサです。その人がその香りやニオイをどう感じるかという感性評価に近いことができると思います。言うなれば、自分の嗅覚を代替するセンサです。それがあれば、このニオイをこの状況で嗅ぐと、自分はおいしく感じるといった個々人に合わせたスペシャルな使い方ができると思います。それが実現できれば素晴らしいことですが、まだまだ遠い目標です。というのもニオイは、いろいろな化学物質がミックスされています。お茶の香りにも、百種類にせまる成分が報告されており、どの成分がどのくらいの割合が入っているかを把握することは、簡単なことではありません。しかも、それが温度や状態により、どんどん変化します。そういう大量の情報を予め用意しておかないと、嗅覚を代替するようなセンサで測定することができないので、実現にはかなりハードルが高いのです。

 もうひとつの方向としては、一般的な応用として、危険な状態や良い・悪い、食べられる・食べられない、をニオイセンサで評価するというものが考えられます。例えば、室内のホルムアルデヒドの濃度がいくら以上あると健康に悪影響を及ぼすといった基準がはっきりしているものは、個々の状況に応じたチューニングの必要がないので、ニオイセンサを応用しやすいはずです。いわば、ジェネラルな使い方といえます。

■では、この研究の面白さや魅力とは、どんなところにあると思いますか?

 ニオイという感覚的なものを扱う研究ですから、目標が身近に感じられることがありますね。また、もし研究が実を結べば、世の中で非常に役立つだろうと思います。私としては人の鼻に置き換わるものをつくりたいという思いがあるので、嗅覚に障害を持つ方にも役立ててもらえるかもしれません。

 それから私自身は、センサに使用する薄膜の表面でどんなことが起きているのか、表面の吸着状態を調べるということに面白みを感じています。こういう研究をしているところは少ないので、やりがいも感じられますね。

 また、私の研究室では、実験装置などを手づくりでつくっています。膜厚1ミクロンの薄膜をつくるための装置も工夫して、いかに低価格で、しかも学生に興味を持ってつくってもらえるかということをしているわけです。そういう部分も研究室の特徴であり、魅力だと言えるかもしれません。学生にもコンピュータサイエンス学部(以下CS学部)の中では、異色の研究室だと言われているくらいです。最近、研究室を見学に来た3年生は、ものづくりに興味があって、手を動かしてものをつくりたいと思っている学生でした。ですからCS学部の中でも、ものづくりに興味のある学生には響く研究室なのだろうと思います。もちろんコンピュータを使った情報処理も行いますから、CS学部らしさも経験できます。化学の知識は、それほど必要ではなく、基礎的なことで事足ります。分析もソフトウェアを使って行えますし、逆に必要な知識はその都度、学べばよいわけですからね。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 教員としては、学生に泥臭く、手を動かしてものづくりできる人になってほしいと思っています。手を動かし、泥臭いことができる人は、社会の中で常に必要とされていますから。この研究室で、そういうものづくりの経験をしてもらって、一人でも多く、泥臭いものづくりができる、粘り強い人を輩出したいと思っています。

 研究者としては、薄膜でどんな現象が起きているのかを解明することが大きな目標です。薄膜の中はカオス状態になっていているので、分析することは難しいのですが、少しでも解明したいと思っています。分析によって集めたデータを合わせていって、ダイナミックに分子が分子構造をつくっていく様子や、ガスがどう入ってくるのかということを、少しでも明らかにできればと思っています。

■コンピュータサイエンス学部WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/cs/index.html

・次回は11月13日に配信予定です。