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デザインは人を幸せにするためのもの。それを忘れずデザイン思考を身につけよう。

2016年5月13日掲出

デザイン学部 市川 徹 特任教授

 家電メーカーでパッケージデザインの仕事に携わり、製品のロゴデザインやブランディングなどにも関わってきた市川先生。「デザインとはなにか」という根本的なことから、視覚デザインコースで学ぶ具体的な内容まで幅広くお話を伺いました。

■ 工学系の学校で学ぶ「視覚デザイン」とは、どのようなものですか?

 まず、「デザイン」というものについてあらためて考えてみましょう。 皆さんは「デザイン」というのは、どちらかといえばアート寄りの分野だと思っていませんか?
 けれど実際には「デザイン」=「芸術」ではありません。もちろん芸術的なインスピレーションも必要ですが、それと同じくらい重要なのが、「なぜそうするのか」という理論。なにかをデザインするときのスタート地点となるのは、「なぜそこにそれが必要なのか」を考えることです。ただおしゃれでセンスのいい見せ方だけを考えるのではなく、まずどうしてそれが必要なのか、何のために必要なのかを考え、その目的のためにはどのようなデザインが最も適しているかを探していく。このように本来、デザインというのは「アート」と「エンジニアリング」の融合であり、そもそも工学的なものだといえるのです。
 人間は「視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚」の五感からさまざまな情報を得ていますが、その8割以上が「視覚」による情報だといわれています。「視覚」というのはそれほど幅広い分野だということですね。本校の「視覚デザインコース」には、グラフィックデザインを中心にエディトリアルやWebなどメディアごとのデザイン手法と技術を学ぶ「視覚デザイン専攻」と、幅広い映像表現の手法と技術を習得する「映像デザイン専攻」がありますが、コース全体の大きな目標は「デザイン思考を身につける」ということです。

■ 「デザイン思考」とは、どのようなことでしょうか。

 デザインはまず「調査」から始まります。そこにどのような問題があるかを調べて「問題提起」をします。次にその問題を解決するための「コンセプト」をまとめ、「アイデア展開」をしてから実際に「試作」して、それを「プレゼンテーション」する。それが問題解決につながっているかどうかを確認して、足りない部分はやりなおす。これが「デザインプロセス」であり、デザインにおいてはこの「プロセス」が最も大切な部分です。本学ではその「プロセス」部分を重点的に学ぶことができます。
 最近ではこの「調査」「問題提起」「コンセプト」「アイデア展開」「試作」「プレゼンテーション」という一連の考え方の流れを「デザイン思考」と呼ぶようになってきていて、デザインを開発する手法だけにとどまらず、一般の大学でもさまざまな問題を解決する思考法として学びに取り入れるところも増えています。
 ところが逆に美術系の学校では、いわゆる芸術的なインスピレーションの方が重視され、この「デザイン思考」がおろそかになりつつある。これはあまり歓迎できることではありません。
 たとえば「こういうデザインがしたい」という学生さんに、「どうしてそうしたいの?」と聞いた時、その答えが明確でないものは、結果的に良いデザインにはなりません。「なぜ?」の答えこそがデザインのコンセプトになるべきだからです。デザインは自分の「かっこいい」を体現するためのものではなく、相手のためにするものなのです。

■ では、授業では具体的にどのようなことを学ぶのでしょうか。

 デザインプロセスをきちんと学ぶため、視覚デザイン専攻・3年次の専門演習では、まず第3クォーターで「架空のショップのロゴ作り」を行います。先生方がそれぞれ提案した架空の店のロゴを作り、それを展開させて名刺や封筒といったビジネスツールや、ショップカードやショッピングバッグなどのコミュニケーションツールへとデザインを広げていきます。
 また第4クォーターではもう少し幅広く、企画立案からスタートして「イベントをデザインする」という演習をしています。たとえば実際に行ったものとしては「Eat TOKYO! 東京を食べよう」という架空のイベントの企画を考えました。「上野公園のイベントスペースを借りて、東京産の食材をアピールするためのイベントを企画する」という設定で、それぞれがそこで実施するイベントの企画を出し合い、それらのアイデアに学生さん自身が投票。選ばれた複数の企画をグループに分かれてまとめ、最終的にはそのイベントに使うツールまでを作りあげるという演習です。東京産の食材とひとことでいっても様々です。小笠原にはマンゴーがあるし多様な魚も採れる。東京Xという美味しい豚のブランドもある。そういった東京の食材をどのような形でアピールすれば食べてもらえるか、ということをデザイン的に考えていきます。
 自分が出した企画が選ばれなかった人は、選ばれた企画に加わり、最終的にはグループワークでツール作りをするのですが、実際の企業においてもデザインの現場というのはグループワークがほとんど。そういう意味でもこの演習は、実際に社会に出てからとても役立つと思います。


3年次第4クォーターの授業風景

■ 先生がこれまで手がけてきたお仕事、現在の研究などについて教えて下さい。

 私はもともと工学部出身で、卒業後はソニーでパッケージデザインの仕事をしていました。最初に担当していたのはテレビやビデオデッキなどが入っているダンボール箱のデザインです。大きな家電は箱に入ったまま店頭に並ぶことはまずないのですが、ちょうど私が入社したのはウォークマン®が初めて発売された時期。こうした小さい商品は箱に入れたまま店頭に並べるため、箱に透明な窓をつけ、そこから商品が見えるようなパッケージデザインもされるようになっていきました。ウォークマン®にはイヤフォンなど付属品の小物がいろいろあるため、私もそれらが全てきちんと収められて見えるプラスチックケースのパッケージをデザインしたことがあります。
 他にもカセットテープの外装パッケージなど、基本的に「売る」ためのパッケージデザインを手がけていたのですが、私が担当している部署でウォークマン®の新しいロゴデザインを開発したことをきっかけに、パッケージではなく製品のブランディングにもつながるデザインのディレクションを手がけることに。その後はハンディカム®や、液晶テレビのブラビア®、一眼レフカメラのアルファなどの、ブランディングも含めたロゴデザインのディレクションを担当するようになっていきました。さらに株主総会で使う年次報告書といったエディトリアルデザインのディレクションにまで広げるようになったのです。いわばソニーという会社そのものの「視覚デザイン」を担当していた、と言えるかもしれません。
 ちなみに現在、本校のデザイン学部では先生が中心となり「本学が主体になって地域に貢献できることを探そう」というテーマで「デザイン開発プロジェクト」を実践中。私もそのメンバーとして進めているのが、「災害時避難用品のシステム開発」です。災害用品というのはバラバラに買い揃えたものを大きなバッグなどに入れて常備している人が多く、持ち運びに便利なものはあまりありません。そこで大田区特有の都市型災害に備え、オフィスから自宅、あるいは避難所への移動などの際にコンパクトで持ち運びしやすい収納バッグと、複数の機能を持った避難用品などのセットを開発しています。大田区の防災担当者へインタビューをしたり、関連する企業訪問を実施するなどして、今は先述したデザイン思考の流れの「アイデア展開」を行っている段階です。まるで専門演習の授業をわれわれ教師が実践しているようで、なかなか新鮮です。

WM-701C, WM-F550Cパッケージのデザイン
(1988年)
ウォークマン®ロゴのデザインディレクション
(2000年)
年次報告書のデザインディレクション
(2003年)

■今後の展望と、学生に向けてのメッセージをお願いします。

 たとえば皆さんも持っているスマートフォン。異なるメーカーのものを見比べると、デザインの違いがよくわかるでしょう。なぜならそこには作り手のバックグラウンドにあるこだわりが現れているからです。さらにスマートフォンの場合はハードのデザインだけでなく、そこに載っているアプリなどのソフトウェアのデザインも製品の持つ個性に大きく関わっています。いわば工業デザインと視覚デザインの融合です。分野の違う作り手が一緒になって製品を作るためには、作り手同士のコミュニケーションがとても重要になってきます。専門性を深くつきつめていくことはもちろん大事ですが、専門以外の分野にも興味を持つこと、外の領域へも目を向けること。それは社会へ出て仕事をするようになってから、とても役に立つでしょう。
 それがデザインでもなんでも、新しい物を生み出すのは本当に大変なことです。けれど、完成したときの嬉しさもまた大きいもの。実際に自分がデザインした商品が売れているかどうか、お店をのぞきにいくこともありましたよ。そこで「よし!」と思うこともあれば、こうした方がよかった、ああした方がよかったという反省点ばかり浮かぶこともありました。どちらかといえば後者の方が多かったですね(笑)。

・次回は6月10日に配信予定です。