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「ゆめいろのえのぐ」から広がる大きな夢

片柳研究所 メディアテクノロジーセンター 渡辺賢悟 研究員

―はじめに「ゆめいろのえのぐ」について、簡単にご紹介ください。

これは私が本学メディア学部在学中に卒業研究作品として開発に取り組んだ、誰でも簡単に使える“お絵かきソフト”です。水彩画タッチで、実際に絵を描くような感覚で、パソコンで絵を描けるというペイントツール。ちなみに説明書を読めば7~8分で、読まなくても15分程度で操作できるようになるという調査結果が出ているほどの容易さです。

 

―「ゆめいろのえのぐ」の開発に至った経緯とは、どういうものだったのでしょうか?

少し話が遠回りになりますが、一度、夢に破れたことが大きいと思います。私はもともと絵を描くことが大好きで、本学メディア学部に入学した当初は、キャラクターデザイナーになりたいと思っていたのです。ところが、入学してみると自分より絵の上手な、才能のある人が山ほどいて、大変ショックを受けました。また、私は大学に入るまで本格的にコンピュータに触れたことがなかったため、グラフィックスソフトの操作にものすごく苦労して。その結果、大学一年生の終わりには、キャラクターデザイナーになるという夢をあきらめてしまいました。とはいえ、せっかくメディアについて幅広く学べる学部に入ったのですから、もう一度、自分の興味あることをニュートラルな状態から見つめ直してみようと思ったんですね。そんなとき、ある授業で画像処理の入門のようなことを学んで。単に画像の粒(ピクセル)の色を変えて、読み込んだ写真をグレーにするという簡単なものでしたが、とても面白く感じました。それを機に画像処理分野の研究室に進んで、その技術を使ったツールを開発しようと思ったのです。

―あえて“ペイントツール”の開発を選んだことに理由はあったのでしょうか?

私にとって画像処理は絵を描くことと似ていて、プログラムで絵を描いているような感覚です。そこで画像処理という、いわば“新しい筆”を使って、好きな絵を描けないかと考えたのです。その結果、最初はプログラムで自動的に絵を描くソフトウェアをつくろうと思いつきました。ところが、ある先生からのアドバイスもあって、コンピュータに絵を描かせるのではなく、人間に絵を描かせる道具をつくる方が面白いのではないかと思い直したのです。そうして“人に絵を描かせる道具”について考えはじめたところ、一年生の頃、散々苦しめられたグラフィックスソフトのことを思い出して(笑)。高機能・高性能ゆえに使いづらくて困ったわけですから、逆に本当に必要な機能だけの“ユーザーにやさしいソフトウェア”をつくってみようと思いついたのです。

―開発を進める中で、特にご苦労された点は?

ゼロから一人で制作していたので色々とありますが、一番気をつかった点を挙げるならば、ユーザビリティですね。コンピュータ初心者でも使えるようにアイコンなどを用意して、その配置にも気をつかいました。私は左利きなので、当初は右側にパレットが出る設定でしたが、研究室の仲間たちから「右利きの人には使いづらい!」と指摘されて改善するなど、周囲の意見も参考にしています。他にも使える道具はすべて画面上に並べるようにして、メニューから探し出さなければならないような機能はできるだけ減らしました。そこまで機能を厳選した上で、どれだけ使いやすくするかということにこだわったのです。

―記念すべき第一作目となった「ゆめいろのえのぐ」ですが、最近、渡辺さんが開発されたソフトウェア「スムージングプラグイン」とは関連性があるのでしょうか。

「ゆめいろのえのぐ」と「スムージングプラグイン」は、どちらも二次元画像処理という技術を基盤にしています。「スムージングプラグイン」とは、簡単にいうとコンピュータで描いた絵の線を滑らかにする機能のことで、アニメーション業界で用いられているツールです。ただ、この開発においては「ゆめいろのえのぐ」より、むしろ私がメディア学部出身だったことの方が活かされたように思います。というのも今回の開発は、あるアニメーション制作会社からの依頼を受けた形だったので、実際にソフトウェアを使う制作現場のアニメーターたちと話す機会があって。そのときに表現者である彼らが言おうとしていることや求めているものを、きちんとこちらが理解できたことが重要でした。私はプログラムの専門家でもプロの絵描きでもなく、その両方をかじった人間です。エキスパートではないけれど、どちらのこともわかるという通訳のような立場。そうした専門分野と専門分野の間に立てるのは、やはり絵を描いたり表現したりすることが好きでいて、メディアの技術や環境も学んでいるメディア学部出身の人間だからこそだと痛感しました。

―最後に、今後の展望をお聞かせください。

「ゆめいろのえのぐ」も「スムージングプラグイン」も、私が提供したものは表現のための技術でした。技術提供によって表現者に喜んでもらえたわけです。一度、絵をあきらめた人間が、こんな形で再び絵やアニメーションに関われたことは、本当に夢のようです。考えてみれば、専門領域を飛び越え、それを行き来しながら活躍する人というのは、まさにメディア学部が育成を目指している人材。私はメディア学部一期生でもありますから、そういう人材の先駆的存在となれるよう、頑張りたいなと思います。

[2008年6月取材]