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軽部学長のきらっとひらめきコラム

[2014年度]第8回「情報あふれる現代社会で正しい情報を取捨選択するには、“critical thinking”が欠かせない!」

2014年12月12日掲出

 皆さん、こんにちは。本格的な受験シーズンが目前に迫る12月となりました。今回は、ちょっと息抜きもかねて、私の大学時代の話をしましょう。

 今、皆さんは、インターネットやスマートフォンで、簡単に情報を手に入れられる時代に生きていますよね。何か調べたければ、すぐにインターネットで検索したり、図書館にデジタル資料があれば、必要な部分だけを閲覧したりすることもできますから、ものすごく楽に情報を手にすることができます。

 では昔はどうだったかと言えば、何か情報を得ようと思ったら、まず図書館へ行って書架を見て、そこに目当ての本があるかどうかを探し出して…というかんじでした。私が大学にいた当時はコピー機すらなかったので、時間があれば図書館に通って、専門分野の原著を探し、必要な箇所を紙に書き写すなんてことをしていたんですよ。そんなふうですから、情報を得るのも一苦労で、気が遠くなるほどの時間を要していました。

 一方、現在は情報があふれていて便利ではあるものの、それが本当に自分の求めている、正しい情報かどうかを自分で判断しなければならない時代でもあります。つまり、情報を手にする側が、どの情報が正しいのか見極める目を養わなければならないのです。そのために必要となるのが、本学が掲げる実学主義教育のひとつであり、学生に身につけさせようと力を注いでいる“critical thinking”、批判的に物事を捉えて考える力です。

 たとえば、ネット上のある情報を読んだとき、その内容が正しいかどうか、本当かどうかという視点で見るように習慣づけるだけでも、確実にその力は養えると思います。なぜなら、情報の正否を判断するには、自分で調べなければならないからです。

 インターネットの世界は、まさに玉石混合です。ウィキペディアにしても、きちん専門家が書いている場合もあれば、素人が書いている場合もあります。それを簡単に鵜呑みにするのではなく、常に本当かどうかを考えてみる。それが大学で身につけるべき力だと思います。

 日本の大学では、こうしたことに対する教育は、あまりなされてきませんでした。逆にアメリカでは、批判的なものの見方を学校でディベートによって鍛えます。だから、みんな“critical thinking”ができるわけです。たとえば、私が欧米人の前で発表をしたら、「そこは、おかしくないか?なぜ、そうなる?」と鋭く突っ込んできますから、こちらも負けまいと調べて、必死になって答えなければなりません。その繰り返しで鍛えられていくからこそ、ディベートは大切なのです。

 今後、グローバル化がさらに進んでいくと、こうした欧米的な批判的思考は、欠かせないものになります。日本には“合意の文化”や“和の文化”という素晴らしい文化があるにしても、それだけでは海外で通用しません。日本らしさも大切ですが、海外に出て行って競争するときは、“critical thinking”がないと始まらないのです。
大学生になったら、そういうことを意識して、積極的に批判的思考を養う努力をしみてください。