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[2012年度]第8回「アメリカ視察リポート その2 視察を通して触れた、南部の歴史や文化とは。 」

2012年12月14日掲出

皆さん、こんにちは。今回は、アメリカ視察で訪れた南部の歴史や文化、そして地域とともに発展してきたジョージア工科大学のお話をしましょう。

今回の視察で訪れたジョージア工科大学は、ジョージア州の州都アトランタにあります。同大学のキャンパスで、南北戦争当時、アトランタのキャンパスで実際使われていた蒸気機関がシンボルとして展示されているのを見つけました。新しい校舎が並ぶキャンパス内で存在感を感じました。この蒸気機関には「南北戦争を忘れない」という市民の思いが込められているのです。

そもそも、南北戦争とは、1861年~1865年、当時34州で構成していた合衆国が、南部11州、北部23州に国を二分して争ったもの。南部の「奴隷制度維持」の主張と、北部の「奴隷解放」の主張が対立したことで、この内戦は起こったのです。
もともと南部は農業が中心で工業化がされていなかったので、急速な工業化が進展していた北部とは軍事力で大きな差があり、勝つことは困難だったのです。
戦時中は、アトランタが焼け野原になりました。このアトランタの墜落は、北軍の将軍ウィリアム・シャーマンが西側から攻め込んだことによるもの。シャーマンの戦術は、敵側のすべてを焼き払うという近代戦術の元祖として有名になりました。
戦後の東京のように焼け野原となったアトランタですが、戦後、地域の大学も一つひとつ再建していきました。その中の唯一の工科系大学がジョージア工科大学で、地域の工業化や復興に大きく貢献したのです。

「風と共に去りぬ」の舞台や、1996年のアトランタオリンピックの開催地として日本でも有名なアトランタは、現在、多くの企業が本社を置き、観光客も多く訪れる大都市になっています。中心部には、近代的な高層ビルが林立していますが、歴史のある建物も残っていて、緑も豊かで、古きよき南部の風景も見ることができます。
このような南部の地域にある、有名州立大学・ジョージア工科大学が広く知られるようになったのは、アトランタオリンピックの際、大学の施設を競技会場や選手村として提供したことがきっかけです。それだけ、環境のよいところで、学生たちは学んでいるのです。

最後に、今回視察した他の中堅大学についてもご紹介します。アメリカは大学の評価がすぐに学生の入学希望数に関係してくるので、各大学が競争して教育内容をよくすることに力を入れています。

ジョージア工科大学と同じジョージア州のエモリー大学は、学費が高額なことで有名なだけあり、教員一人に対し学生7人という手厚い教育が特徴。さらに、コーオプ教育で有名な、東部のペンシルバニア州フィラデルフィアにあるドレクセル大学、カナダ・オンタリオ州のウォータールー大学と視察し、各地域に根付いた、大学それぞれの特徴を自分の目で確認でき、充実した視察旅行になりました。