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作業療法を必要とする対象者ひとり一人や場面に応じて、柔軟に対応できる作業療法士を目指そう!

2014年8月6日掲出

医療保健学部 作業療法学科 奈良進弘 教授

医療保健学部 作業療法学科 奈良進弘 教授

言葉や行動による表現が難しい、重度の障害を持つ対象者の認知能力や心の動きを、脳波の活用によって把握し、作業療法へ活かそうと研究されている奈良先生。今回は、これまでに取り組まれた研究例を中心にお話しいただきました。

■先生のご研究についてお聞かせください。

 私が専門としているのは、生理心理学と作業療法学です。生理心理学とは心理学の一分野で、生理学的な指標を使って、人の気持ちや人がものを考えるプロセスなどを明らかにしようとする学問です。脳波や心拍などは、生理学的な指標の代表的なものです。人は緊張すると、ドキドキしますよね。そういう緊張状態は、心拍数を調べることで捉えられます。あるいは俗にいう“嘘発見器”も生理心理学の応用のひとつです。嘘をついて心が動揺すると、自律神経系の反応のひとつとして、皮膚に発汗作用が見られます。それを捉えることで、その人が嘘をついているかどうかを判断しようというのが嘘発見器です。このように生理学的な指標にはさまざまありますが、私が主に研究で扱っているのは、脳波です
。これまで、人がものを判断したとき、脳波がどのように変動するのかということを調べてきました。

 たとえば、自分で言葉を表現できないような重度の障害を持つ子ども(重症心身障害児)が、母親の声と他人の声を区別して理解しているかどうかを調べようと取り組んだ研究があります。この研究は、重度の障害を持つお子さんの母親が、そのお子さんは、自分の声を聞き分けていると思っていたところから始まりました。我々スタッフは、そのお子さんが母親以外の声にも、母親の声を聞いたときと同じような反応をしているように見えていたのですが、お母さんは、自分の声を聞き分けていると仰ってました。そこで母親の直感が本当かどうかを調べてみようと考えました。

 まずそのお子さんにお母さんがそのお子さんの名前で呼びかける声を録音して、それを何回か聞かせて脳波を測定します。
次に別のスタッフが、同じように名前を呼びかけたときの脳波を測定し、その反応がどれだけ違うかを比較しました。その結果、お母さんの呼びかけに対する反応と別のスタッフの呼びかけに対する反応には明らかな違いがありました。お母さんの直感が本当だったことが証明できたわけです。

 このような脳波を用いて重症心身障害児の呼びかけに対する反応の研究を続けた結果、次のようなことが解ってきました。一見、何にも反応していないと思いがちな重度の寝たきりの子どもたちの中にも、少しずつ違いがあるということです。重症心身障害児の中には、こちらが何かを聞いたとしても、イエス・ノーの表現ができない人が少なくありません。けれども、その中には本当にわからなくてできない子もいれば、実際はわかっている子もいるのです。誰の声にも同じように反応しているお子さんを生理心理学的に調べてみると、きちんと声を区別していたり、自分の名前が呼ばれたときだけ、脳波が違う反応を示したりと、人の声や自分の名前を理解していることがわかったケースもありますからね。表面的には、重度で解っていないように見えても、実は多くの可能性をもっているかもしれません。その人その人に適切な作業の働きかけが必要になります。
また、そのお子さんは自分なりに何かを一生懸命伝えていたのだけれど、なかなか相手に伝わらないから、そういう部分が発達しないまま止まってしまっているということも考えられます。ですから、お子さんたちの発達の可能性を最大限に引きのばすには、どうすればよいかという作業療法の実践を考えるうえでも、こうした生理心理学的な研究知見は役立てられると言えるのです。

重症心身障害児への作業療法:特別に作成したスイッチによって、パソコンでのお絵かきを楽しんでいる
重症心身障害児への作業療法:特別に作成したスイッチによって、パソコンでのお絵かきを楽しんでいる

■では、生理心理学を実践に活かした例には、どのようなものがありますか?

 たとえば重症心身障害児の場合、おもちゃを与えて遊ばせようとしても、お子さん自身、手を出したくても出せなかったりして、遊べないことがあります。そういうときに作業療法ではその子どもさんがおもちゃで遊べるようにスィッチを工夫することがあります。

 タッチセンサーなどを活用して、ちょっと触れただけで、おもちゃが動くように設定し、遊んでもらうようにします。そうすると、スイッチを一切押さない子もいますが、声かけをしたときに誰にでも反応するような子は、おもちゃが動こうが動くまいが、必ずスイッチを押します。あるいは、スイッチを押すと何かなるぞとわかってくると、スイッチを押すようになる子もいます。

 その次に、スイッチを押しても、おもちゃが動かないように設定します。そうすると、おもちゃが動くこととスイッチとの因果関係がわからない子は、そのままスイッチを押し続けます。逆にそれが理解できている子は、おもちゃが動かなくなると、「あれ? 変だな」という顔をしながらも、1、2回スイッチを押してみて、動かないとわかると諦めます。しばらくして、またスイッチとおもちゃを連動させると、なにかのはずみでスイッチに触れた子が、再びおもちゃが動いたので、それを認識してスイッチに触れ、おもちゃを動かし続けます。このようなおもちゃの操作を理解できている子どもでは、例えばお母さんと他の人の声の区別などのような刺激の区別がきちんとできていることが、脳波の研究結果からも明らかになっています。

重症心身障害児への作業療法:工夫したスイッチによって、ラジオを操作している
重症心身障害児への作業療法:工夫したスイッチによって、ラジオを操作している

工夫したスィッチの操作練習
工夫したスィッチの操作練習

■作業療法と生理心理学というのは、一見、結び付きにくい気もするのですが、学生にはどのように説明されているのですか?

 確かに作業療法は、現実的な人々の生活をどう支援するかという実践ですから、その中に基礎的な生理心理学がどう役立つか、伝えるのは難しくもあります。でも、授業の中で、この重症心身障害児のように具体例をできるだけ紹介して、理解してもらうように努めています。また、重度の障害を持つ対象者の場合、このような生理心理学的な方法が、その人を理解する重要な手段になることは解ってもらえるようです。

 結局のところ、よりよい作業療法を行うには、こうした科学的な分析を欠くことができません。単に子どもを遊ばせるだけであれば、他人である私たち作業療法士より親御さんが遊ばせたほうがずっとよいですよね。それならば、単に遊ぶのと作業療法の作業として遊ぶのとでは、何が違うのかと言えば、基礎的な科学を背景に、そのお子さんのことを親御さんとは別の視点で理解しているというところだと思います。そのような専門職である作業療法士の強みを活かして、ご両親や介護者の方々に助言をして、その方たちのそのお子さんへの関わり方も変わっていくことで良い循環が生まれていきます。

 また、先ほどの研究例のように、重度のお子さんを持つ母親が絶対に子どもは自分のことをわかっていると確信するとき、実際にデータを測定することでそれを証明すると母親の自信になり、結果、子どもへの接し方が変わってきます。その子どもが本当に母親の声を理解できているとわかれば、今度はお子さんの発達を促すために何をしようかという次のステップを考えることができるようになりますからね。ですから科学的な方法による分析は、その先にある充実した作業につながっていると言えるのです。

■では、学生にはどのような作業療法士になってほしいとお考えですか?

 対象者や場面に応じて柔軟に対応できることが、作業療法士として活躍するための条件だと思います。作業療法では、何かものをつくったり日常生活のお手伝いをしたりするといった部分が前面に出てくるので、そればかりに目が行きがちですが、その基本は、対象者が、自身にとって意味ある活動を行い、充実した生活をめざすことにあります。

 対象者が生きていくために重要な活動を見つけだし、助言をすることが作業療法士の基本的な仕事なのです。しかし、その作業療法を必要とする対象者は、実際にはいろいろな障害を持っていますし、お子さんの場合もあれば高齢者の場合もありますし、同じ障害を持つ人でも先ほどの話したように、それぞれ違いがあります。つまり「この障害には、この作業をすればよい」という単純なものではないのです。ですから、対象者ひとり一人に対して、その人が生きるうえで必要な作業を、さまざまな可能性を考慮して、様子を見ながら考えていくことになります。また、同じ人でも反応がその都度、違う場合もありますから、作業療法士もその時々に応じて、柔軟に相手の変化を受け止められる人間でなければならないと思いますね。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 今後は脳波だけでなく、脳の血流量を測定する装置を使った実験にも取り組んでいこうと考えています。今、特に関心を持っているのが、やる気がないとか引きこもりがちの若者や高齢者です。たとえば独居の高齢者は、今の便利な時代では、家に閉じこもっていても何となく生活が成り立つため、だんだん人と話さなくなって孤立に陥ってしまうことがあります。都市型の生活では、隣近所との交流も多くないでしょうから、今後、ますます引きこもる高齢者は増えるだろうと思います。しかし、何もしないで引きこもっていると、どんどん脳の活動は低下してしまいます。そこで引きこもりがちな高齢者や若者が、人と関わりを持つ機会を持てるようにしつつ、そういう人たちが外部や他者と関わりを持つことで刺激を受けると、脳のどの部分の血流量が増えるのかといったことを調べようと考えています。

 また学生には、せっかく大学で作業療法を学ぶのですから、その環境を最大限、活かしてほしいと思っています。大学では、国家資格の取得を目指すだけでなく、5年、10年経ったときに第一戦で活躍できるようなプラスアルファの力を付けてもらいたいのです。そういう意味でいうと、大学には幅広い出会いや学びがあります。たとえば本学には、医療保健学部と同じ蒲田キャンパスにデザイン学部がありますし、八王子キャンパスには応用生物、コンピュータサイエンス、メディア、そして来年には工学部ができます。いろいろな学問領域の学部があって、それを専攻する学生がいるということは、医療や作業療法の分野に限らず、いろいろな人と出会うことができるわけです。その幅広さは学生にとって、きっと何かで役立つプラスアルファの力になるはずだと思います。また、そういう他学部との交流という点では、私自身が学生の見本となれるように、他学部との共同研究などを少しずつ進めていこうと考えているところです。それが東京工科大学ならではの作業療法学科をつくっていくことにもつながるだろうと思いますから。

 作業療法学科は、医療や福祉系の大学に設置されることが多いようです。しかし本学のように工学系の大学に、医療保健学部や作業療法学科があるのは、ユニークな存在です。そういう点からも、本学が扱う幅広いテクノロジーと作業療法を結び付けた、東京工科大学らしい作業療法の学びのモデルを、今後、より強く打ち出せるようにしていきたいと思っています。

■医療保健学部WEB
http://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/

・次回は9月12日に配信予定です。