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シグナル分子を応用して テーラーメイド化粧品の開発にチャレンジしたい!

2016年7月8日掲出

応用生物学部 今村亨 教授

今村亨教授

細胞の制御に関わる「シグナル分子」に関する研究を続けてきた今村先生。髪の毛や肌が健康な状態にあるときの細胞制御の仕組みを知ることでトラブルの解決につなげるなど、研究テーマの多様な応用範囲についてお話をうかがいました。

■先生が取り組んでらっしゃる研究について教えてください。

 私が30年来、取り組んできたのは「FGF」というシグナル分子に関する研究です。シグナル分子は細胞増殖因子ともいい、細胞の増殖や分化を制御する働きを持つ分子群のこと。なかでも「FGF」は血管を作ったり傷を治したりする働きを持ち、発毛サイクルにも関係している成長因子のひとつです。
 私が研究をはじめた当時は、「FGF」という名前は提唱されていましたが、実態はまだ解明されていませんでした。それから2年ほど経って、分子クローニングという手法で遺伝子レベル、アミノ酸レベルで分子構造が一気に解明されたのです(ちなみに私たちは二つの分子をあわせて「FGF」といっていたこともわかりました)。そこで私は「FGF」そのものではなく、それを細胞の表面で受け止める「受容体」——「FGF」が出す細胞増殖のシグナルを受け止めて、細胞に指示を出すスイッチのようなもの——側の研究に取り組み、2年後には細胞が持つ「FGF」受容体の精製に世界で初めて成功して、論文を発表しました。それをきっかけに「FGF」が私の研究人生の中心命題になっていったのです。

■先生はどうしてその研究に興味を持たれたのですか?

 私は大学院の頃は「腫瘍免疫」といって、体内で発生したがん細胞を殺して病気が顕在化しないようにする免疫機能を研究していました。このように体内でがん細胞やウイルスに感染した細胞を殺す仕組みは「細胞性免疫」といわれ、そのひとつの代表例にマクロファージ(貪食細胞)があります。このマクロファージがどうやってがん細胞を認識してやっつけるのかということが当時はまだ疑問でした。そこでマクロファージの細胞膜の上でがん細胞に特有の糖鎖を認識する物質の分析が院生時代の研究テーマだったのです。
 その後、80年代半ばに大学の研究室を出て国立の研究所に入り、独り立ちしたときに選んだ研究テーマが「人の血管内皮細胞の研究」でした。血管内皮細胞というのは血管の一番内側をコーティングしている細胞で、体に必要なものは取り入れ、いらないものは排出するというように血管の内外への物質の通過をコントロールする重要な細胞です。私はこの「血管内皮細胞の増殖の制御機構」を知りたかったのですが、それに大きく関わるのが当時、血管内皮細胞が受け取るシグナル分子だったのです。
 研究者というのは面白いもので、自分が研究をはじめたときの入り口になったテーマのことは潜在的に覚えているようです。免疫の研究をしていたころの名残だったのでしょうか、私はそこでどんなシグナル分子が細胞を増やすのかということよりも、それをキャッチする受容体がどのようなものなのか、という方に興味がわいてしまったのです。「血管内皮細胞の増殖の制御機構」を知ることが最初の目標だったんですが、その根幹にあるシグナル分子と受容体の魅力にとりつかれてしまい、それから30年もの間「FGF」の研究をすることになってしまったというわけです。

■研究室ではどのようなことをテーマにしているのでしょうか。

 「FGF」には様々な働きを持つ「ファミリー」とよばれる物質があり、そのなかで自然と注目されるようになっていった分野が肌や毛髪の研究でした。「FGF」にはメタボリックシンドロームの治療薬になりそうな物質の候補や脳神経の調整を行う物質、放射線障害の防護を活性化させる物質などがあるのですが、肌や髪の毛の制御に関しては、もっともわかりやすく、さらに商品化という出口に近いテーマだったためです。最初は化粧品会社の方と一緒に研究していましたし、その後は医学部の皮膚科と共同で研究をしていた時期もありました。
 本学での私の研究室は「細胞制御研究室」という名前で、この研究によって得られる知見や分子を活用し、細胞に働きかけることによって健康で美しい毛髪や肌を作る新しい化粧品や医薬品の開発への貢献を目指しています。

 今面白いと思っているテーマは二つあります。ひとつは「プラセンタエキス」。
「プラセンタエキス」というのは胎盤から抽出したエキスのことで、肌の若返りに効果があると言われています。胎盤はお母さんと胎児をつないでいる大切な部分で、そこにはたくさんのシグナル分子が含まれています。ただし、プラセンタエキスというのは生物製剤なので、たとえば病気などがうつらないよう、製造段階でタンパク質分解酵素や加熱などで元のタンパク質を粉々にしているのです。そこでまずは実際に効き目はあるのかということをきちんと調べて再評価したい。さらに、そこに含まれている有効成分を明らかにしたいと思っています。有効成分がわかれば効果的な使い方も見えてくるかもしれませんし、こういう場合には効果はあるけれど、こっちにはないといった使い分けもできるかもしれません。
 もうひとつは「育毛剤」です。実は2012年に発毛サイクルの「休止期」を維持するシグナル分子を見つけました。毛髪を生やすのではなく、生やさない制御を行っている因子が見つかり、その働きを反対に制御することで、休止していた毛包を再び成長期に移行できることがわかったのです。そこで現在、化粧品の素材としてリストアップされているもののなかに、その物質が含まれているかどうかを調べているところです。それが見つかれば、化粧品へのアウトプットができるかもしれません。このテーマは卒論で扱いたいという学生さんも多いですね。ちなみに就職活動の面接などで研究テーマを聞かれて、これですと答えると、すごく興味を持ってもらえるそうですよ(笑)。いつ頃できるのか? と聞かれたりもするんだとか。実際に、化粧品にできる素材のリストに入っているものから探しているので、もしいま見つかったとしたら、来年の春頃から店頭に並ぶことも夢ではないんですよ。

■今後の展望についてお聞かせください。

 私個人として目指しているのは、科学の最先端の知見を生活の場に持ってくるということです。これまで研究してきた生物学や細胞制御という分野に関してですが、せっかく長く研究してきたことなので、単なる先端研究で終わらせるのではなく、身近で役立つ技術として生活のなかに活かせるようにしたいのです。 たとえばシグナル分子というのは、がんの診断にも使えます。がん治療のひとつに抗がん剤投与がありますね。抗がん剤はがん細胞に対して毒性を発揮するので、それによってがん細胞が死ぬわけですが、続けているうちにがん細胞の方に耐性ができてしまうのです。そのためどんどん薬を強くする必要が出てきて、その反動で副作用が起きてしまう。実はこの抗がん剤への耐性ができる原因のひとつが、細胞のなかで発現しているシグナル分子だということことがわかっています。そこでがん患者さんの確定診断の段階で、耐性を獲得しやすい細胞がわかるようになれば、それとは別の薬剤を使おうという選択肢ができます。さらに抗がん剤治療の効果があまり出ないだろう患者さんと、よく効く患者さんとが分けられるようにもなり、治療方針を決めるときにも役立つでしょう。
 私自身がこれから最先端の研究成果を一人で出せるかといえば、年齢的なこともありますし、出せてもたかがしれているでしょう。そこで今はむしろ、他の人たちが出した研究成果を、どうやって社会へ還元するのかということを考えはじめています。そこで思い至るのは、結局は人材ではないかということ。これからの社会を担っていく人たちには、「先端の技術を産業のなかで活かせる姿勢」を身につけて欲しい。これが今の研究室での修士や卒研の指導のスタンスです。

■最後に学生の皆さんにメッセージをお願いします。

最初は単にお化粧に興味がある、という入り口で構わないと思います。たとえば生物が好きで、それとはまた別次元でお化粧に興味があるという学生さんにも、ぜひ本学の「先端化粧品コース」に来て欲しいですね。化粧品コース、というのは全国的に見ても珍しいですし、実際、それを目指してくる学生さんも多いんですよ。
また、肌や髪質などについて自分自身が悩みや疑問を持っている人もいます。そういう人にとっては自分なりの興味で研究できるテーマがたくさんありますし、純粋に「興味をつきつめるための進学」という面では非常に有意義ではないかと思います。
実はアトピー肌に関しても、次の大きなテーマにしたいと考えているんです。アトピー性皮膚炎という診断を受けなくても、あらかじめなりそうな体質というのがわからないだろうか、ということを調べたい。仮にそれがわかれば「テーラーメイド化粧品」ができるんじゃないか、と。たとえば同じ病気に見えても、こういう体質の人にはこういう薬というようなきめ細かな医療を「テーラーメイド医療」と呼ぶのですが、それの化粧品版ですね。その人の体質に応じた化粧品。現在でも化粧品売り場で肌診断などはやっていますが、それを一歩進めて肌診断を遺伝子のレベルで行い、あなたにぴったりな化粧品のシリーズはこちらです、というようなことができるといいかな、と夢を見たりしています。

・次回は8月中旬に配信予定です。