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細胞が物質を取り込む現象(エンドサイトーシス)の新しい制御機構の発見

2022年8月24日掲出

~Eps15/Pan1によるエンドサイトーシスの制御機構を解明~

 東京工科大学医療保健学部の十島純子教授と東京理科大学先進工学部生命システム工学科十島二朗教授らの研究チームは、細胞が外部から物質を取り込む現象であるエンドサイトーシスについて、EPS15/Pan1タンパク質による新しいメカニズムを発見しました。
 エンドサイトーシスはヒトから酵母に至るまですべての真核生物の細胞に備わる機能であり、細胞による外部から栄養物質の取り込み、細胞増殖の制御、神経伝達物質の放出サイクルなど、様々な生命現象において非常に重要です。また、エンドサイトーシスは新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスをはじめとする病原体の細胞への感染にも深く関わっています。
 本研究で明らかにされた新しい細胞のエンドサイトーシス機構は、様々な基本的な生命現象の分子機構のみならず、エンドサイトーシスが原因となり引き起こされる病気の基本メカニズムの解明、および治療法の開発につながることが期待されます。なお、本研究成果は、オーストリア科学技術研究所(ISTA)のシークハウス教授らとの共同研究によるものです。 
 本研究成果は2022年8月19日に生命科学雑誌「Journal of Cell Biology」のオンライン版に掲載されました。

【研究の要旨とポイント】

■細胞が外部から物質を取り込む現象であるエンドサイトーシスは、外部から栄養物質の取り込み、細胞増殖の制御、神経伝達物質の放出サイクルなど、様々な生命現象において非常に重要です。
■本研究では、エンドサイトーシスの進行におけるEPS15/Pan1タンパク質の役割を調べ、エンドサイトーシスの新たな制御機構を解明しました。
■今回の成果は、基本的な生命現象の分子機構のみならず、エンドサイトーシスが原因となり引き起こされるウイルス感染をはじめとする様々な病気の基本メカニズムの解明、および治療法の開発につながることが期待されます。

【研究の背景】

 ヒトを含むすべての生命体の最小単位は細胞であり、栄養の摂取、エネルギーの産生、老廃物の処理など、ほとんどの生命現象は細胞単位で行われています。また、病原ウイルスが感染するのも細胞であり、異常に増殖して「がん」を作るのも細胞です。このため、細胞のはたらきが生命活動そのものであり、多くの病気の原因が細胞の異常であるといっても過言ではありません。エンドサイトーシスは、私達の体の中のすべての細胞に備わる非常に基本的な生命現象であり、細胞が外部から栄養物質や、細胞機能を維持するための情報分子を取り込む機構です(図1)。
 細胞に取り込まれた外部の物質や情報分子は、細胞内に存在する輸送経路によって、最終的にリソソームと呼ばれる細胞内小器官に送られ、取り込まれた分子は再利用や、情報の消去のために分解されます。細胞が取り込む物の中には、病原ウイルスも含まれており、近年、世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルスもエンドサイトーシスにより細胞内に侵入します(図1)。これらのことから、エンドサイトーシスの分子メカニズムを明らかにすることは、ウイルスや病原菌の感染により引き起こされ病気の治療法の開発においても重要です。

図1. 細胞におけるエンドサイトーシスの役割

 十島教授らは、以前の研究において、エンドサイトーシス研究の優れたモデル生物である出芽酵母において、エンドサイトーシスにおける分子の輸送がアクチン細胞骨格に依存しており、その制御にPan1タンパク質(ヒトEPS15タンパク質ホモログ)が重要な働きをしていることを明らかにしました (Nature Cell Biology, 2005など)。また、EPS15/Pan1のリン酸化がエンドサイトーシスで取り込まれた小胞とアクチンとの結合に重要であることを明らかにしてきました (eLife, 2016; Journal of Biological Chemistry, 2019など)。しかしながら、そもそもエンドサイトーシス自体がどのようにして起こるのかについてはまだよく分かっていませんでした。
 今回、十島教授らのグループは、エンドサイトーシスの進行におけるEPS15/Pan1タンパク質の役割について、出芽酵母を対象として詳細に解析を行いました。

【研究結果の詳細】

 本研究グループは、エンドサイトーシスにおける輸送小胞(クラスリン小胞)の形成とその細胞内への輸送がどのような分子機構で起こるのかを調べるため、エンドサイトーシスにおいて重要な役割を果たしているEPS15/Pan1に注目しました。EPS15/Pan1はクラスリン小胞に存在する被覆タンパク質の一種であり、他の多くのクラスリン被覆タンパク質と結合し複合体を形成します。また、リン酸化修飾依存的にアクチン繊維に結合することができます。
 十島教授らは、EPS15/Pan1にペルオキシソーム係留配列を付加することにより、通常は細胞膜に局在するEPS15/Pan1を異所的にペルオキシソームに局在化させることに成功しました。この結果、驚くべきことに、EPS15/Pan1がペルオキシソームに局在することで、通常は細胞膜で起こるエンドサイトーシスの後期過程(図2①〜③)がペルオキシソームで起こることを発見しました。この発見は、エンドサイトーシスの後期過程の開始と進行が、EPS15/Pan1のリクルートにより起こることを示しており、複雑な生命現象が1種類のタンパク質により制御可能であることを意味しています。

図2. EPS15/Pan1により引き起こされるエンドサイトーシス過程の模式図

【今後の展望】

 新型コロナウイルスの感染拡大はなかなか収束させることが難しく、今後においても病原ウイルスの感染は私達人類の健康を脅かす存在です。このため、ウイルスをはじめとする様々な病原体の主要感染経路であるエンドサイトーシスの分子メカニズムの解明はその重要性を増しています。
 本研究では、出芽酵母を用いて、EPS15/Pan1がエンドサイトーシス進行のための鍵となる因子であることを明らかにしました。今後は、EPS15/Pan1がどのようにしてエンドサイトーシスの進行を制御しているかを明らかにするとともに、ウイルスなどの病原体の細胞への感染、および感染拡大を防ぐ方法を開発することが重要です。

本研究は、日本学術振興会の科学研究費基盤研究(C)(18K06229、19K06571)、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、東京理科大学国際共同研究支援費の助成を受けて実施したものです。

【論文情報】

雑誌名: Journal of Cell Biology
論文タイトル: Eps15/Pan1p is a master regulator of the late stages of the endocytic pathway
著者: Mariko Enshoji, Yoshiko Miyano, Nao Yoshida, Makoto Nagano, Minami Watanabe, Mayumi Kunihiro, Daria E. Siekhaus, Junko Y. Toshima, and Jiro Toshima
DOI: 10.1083/jcb.202112138

【発表者】

燕昇司万里子   東京理科大学大学院 先進工学研究科 生命システム工学専攻 修士課程修了
宮野慶子     東京理科大学大学院 先進工学研究科 生命システム工学専攻 修士課程2年
吉田奈央     東京理科大学大学院 先進工学研究科 生命システム工学専攻 修士課程修了
長野真      東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科 講師
渡辺みなみ    東京理科大学大学院 先進工学研究科 生命システム工学専攻 修士課程修了
国広真弓     東京理科大学大学院 先進工学研究科 生命システム工学専攻 修士課程修了
Daria Siekhaus   Institute of Science and Technology, Austria教授
十島純子     東京工科大学 医療保健学部 教授 <責任著者>
十島二朗     東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科 教授 <責任著者>

【研究に関する問い合わせ先】

東京工科大学 医療保健学部 教授
十島 純子(としま じゅんこ)
E-mail:toshimajk(at)stf.teu.ac.jp
※(at)は@に置き換えてください。