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新たな電⼦顕微鏡試料の染⾊法を開発--安全性、コスト、扱い易さなどに優れた⼿法として期待--応用生物学部

2022年5月9日掲出

 東京工科大学(東京都八王子市、学長:大山恭弘)応用生物学部の松井毅教授、東京保健医療専門職大学(東京都江東区、学長:陶山哲夫)リハビリテーション学部の佐々木博之教授らの研究グループは、新たな電子顕微鏡試料の染色法を開発しました。光学顕微鏡の染色剤として広く使用されているヘマトキシリン(注1)を鉛溶液との二重染色法に応用したもので、従来の酢酸ウランと鉛溶液の二重染色法に代わる、安全性、コスト、扱い易さなどに優れた手法として期待されます。

 本研究成果は、5月16日に英科学誌Natureの姉妹誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました(注2) 。


【研究背景】
 酢酸ウランを用いた生体試料の電子顕微鏡染色技法は、1958年に報告され(注3)、その簡便さと最適な染色結果によって、世界中の電子顕微鏡施設で使用されてきました。しかし近年、ウランは兵器用核物質として使用されることから、ウラン化合物の使用や入手、貯蔵、廃棄に関する国際的な規制が厳しくなりつつあります。こうした背景から、生物学的研究分野において同手法に代わる染色法が長く待望され、これまでもいくつか提案されていますが、いずれも効果的な代替手法には至っていません。


【研究成果】
 電子顕微鏡の超薄切片法(注4)において、酢酸ウランの代替となる安全で取扱の容易な染色法を開発するため、市販の様々な光学顕微鏡用色素を検討しました。その結果、光学顕微鏡の一般的な染色剤として用いられているマイヤーヘマトキシリンと鉛溶液の二重染色でも、様々な組織・細胞において従来の酢酸ウラン溶液と鉛溶液の二重染色と同等の染色性を示すことがわかりました(図1)。
 マイヤーヘマトキシリン-鉛染色法により、核クロマチン、細胞膜構造、リボソーム、グリコーゲン、脂肪滴、細胞接着装置、細胞骨格系などの他の細胞小器官が、高いコントラストで染色されていました。特に、すべての試料で、細胞膜の染色性が良いことがわかりました。また、電解放射型超高分解能走査型電子顕微鏡で観察したマウス腎臓の200nmの準超薄切片の後方散乱電子像においても、マイヤーヘマトキシリン-鉛染色法は、腎臓皮質尿細管と腎臓糸球体が広領域かつ高画質で観察されることがわかりました(図1e)


[図1] 様々な種類の細胞や組織を、マイヤーヘマトキシリンで染色した後、鉛溶液で染色した電子顕微鏡像。
スケールバー;(a) 3µm、(b, c and d) 500nm、(e) 10µm


 図2は、電顕画像内の黒線に沿った画素の強度(コントラスト)を2次元グラフで表示した線分析の結果です。図2aの酢酸ウラン-鉛、図2bのマイヤーヘマトキシリン-鉛と図2cのギルヘマトキシリン-鉛では、コントラストに大きな差があることが分かりました。酢酸ウラン-鉛とマイヤーヘマトキシリン-鉛のグレー値の高低差(約50-60)は、ギルヘマトキシリン-鉛のグレー値の高低差(約20-25)より大きく、細胞小器官や核を含む細胞膜系に対して前者が良好なコントラスト・画質が得られていることがわかります。


[図2]マウス肝細胞を (a)酢酸ウラン溶液 (b)マイヤーヘマトキシリン (c)ギルヘマトキシリン でそれぞれ染⾊後に鉛溶液による後染⾊を施した電顕画像。画像解析ソフトImageJを⽤いて、その染⾊効果を定量解析。スケールバー;2µm


【社会的・学術的なポイント】
 マイヤーヘマトキシリンは、診断用臨床試料のパラフィン切片の染色に広く使われている色素溶液であり、市販品として低コストかつ安定的に供給されていることや、廃液も安全性が高いなどの利点があります。一方、酢酸ウランは、国際原子力機関による「電離放射線に対する防護及び放射線源の安全に関する国際基本安全基準」(BSS)において具体的な免責レベルが定められており、国際的にも新たな規制が法制化されつつあります。本研究成果から、マイヤーヘマトキシリンと鉛の二重染色は、試薬の購入、取り扱い、使用、保管、廃液処理などの面で放射性物質である酢酸ウランを用いた染色法に代わる有用な手法になることが期待されます(図3)。


[図3]電顕観察用試料の作製手順


【用語解説】
(注1) ヘマトキシリン(英: Haematoxylin)は、アカミノキの心材から抽出される染料。酸化によりヘマテインとなり、アルミニウムや鉄イオンと錯塩を形成して強く青に発色する。
(注2) 論文名「Novel Electron Microscopic Staining Method using Traditional Dye, Hematoxylin」
(掲載URL: https://www.nature.com/articles/s41598-022-11523-y)
(注3) Watson, M. L. Staining of tissue sections for electron microscopy with heavy metals. J. Biophys. Biochem. Cytol. 4(4),475–478 (1958). doi: 10.1083/jcb.4.4.475, Pubmed:13563554
(注4) 透過型電子顕微鏡による解析のためには、樹脂に包埋されたサンプルを80〜100nm程度の薄膜(切片)にする必要がある。




【研究支援】

本研究は、JSPS科研費 JP22136002、JP22H03097の助成を受けたものです。



■東京⼯科⼤学応用生物学部 松井毅(皮膚進化細胞⽣物学)研究室
皮膚表皮の角層バリア形成機構を、光学顕微鏡技術と電子顕微鏡技術の両方を組み合わせて陸上脊椎動物の進化生物学的観点から、明らかにしようとしています。
[主な研究テーマ]
1. 皮膚表皮角質層バリアの形成機構
2. 皮膚表皮のライブイメージング
3. 皮膚表皮顆粒層細胞の比較進化細胞生物学
[研究室ホームページ]
URL: https://takeshi-matsui-lab.bs.teu.ac.jp