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私達の皮膚の1番外側は死んだ細胞でできている

2023年11月9日掲出

応用生物学部 化粧品コース 松井 毅 教授

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ヒトなどの脊椎動物の一番外側にある皮膚(角層)がどのように環境に適応し、進化してきたのか、そのメカニズムを細胞から解明しようと取り組んでいる松井先生。今回はご研究内容や研究の面白さなどをお聞きしました。

■先生のご研究について教えてください。

 私の研究室「皮膚進化細胞生物学研究室」では、皮膚の顆粒層細胞の適応進化のメカニズムを解明しようと取り組んでいます。私たちの皮膚は表層から、表皮・真皮・皮下組織で構成されています。表皮は多層構造をとる細胞の層構造からなり、一番外側にある角層は、実は死んだ細胞が積み重なってできています。それは進化の過程と密接に関係しているもので、陸上に住む脊椎動物(両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類)に見られる特有の組織です。今から約3億6千万年前に、両生類が陸上へ進出し、紫外線や乾燥から体を守るバリアとして角層を獲得しました。次に爬虫類が硬く強い角層を得て陸上へ進出し、鳥類の出現に続いて柔らかく保湿された角層を持つ哺乳類が誕生したと考えられています。このように生物の性質が環境に対応して変化することを適応進化と言います。

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 では、その角層がどのようにできるのかというと、角層の下にある顆粒(かりゅう)層細胞が特殊な死に方(細胞死)をすることでつくられます。そこでその特殊な死に方に至る変化を観察して、その仕組みを解明しようと、私が本学に赴任する前に所属していた理化学研究所での研究で、マウスにライブイメージングの手法を用いて解析しました。ライブイメージングとは、生きたまま細胞を見ることができる方法です。今までは、固定したサンプルの切片を観察する方法が大半でしたが、最近は顕微鏡やカメラの性能が非常に高くなってきて、マウスなどの動物を眠らせたまま実際に生きている状態で細胞がどういう挙動をするのかを観察できるようになっています。
 その研究の結果、特殊な細胞死がどのように起こるのかがわかりました。具体的には、顆粒層細胞内のカルシウムイオン濃度が60分間にわたって上昇し続け、その後、カルシウムイオン濃度を高く保ったまま速やかにpHが下がる酸性化が起き、核やミトコンドリアなどがきれいに消えて、角層細胞になることがわかりました。私たち研究チームはこの特殊な細胞死を「コルネオトーシス」と名づけました。

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角層形成時に起きる機能的細胞死「コルネオトーシス」


■特殊な細胞死というのは、どういう点で特殊なのでしょうか?

 普通、細胞死というと、「アポトーシス」と呼ばれる、予め計画された細胞死があります。私たちの体の色々な細胞からなる組織を正常な状態に保ったり、形態形成をしたりする時に起きる細胞の死です。「アポトーシス」が起きた時は、死んだ細胞体がマクロファージなどの細胞で取り除かれます(エフェロサイトーシス)。すなわち、死んだ細胞体がそこにいてはまずい状況であり、体にとって毒になるので、そういう良くないものは取り除かれるというのが普通の予定された細胞死です。一方、「ネクローシス」と呼ばれる、ストレスを受けた細胞が突然死んでしまう場合もあります。その場合、死んだ細胞体が体内に残ると、それがどんどん炎症を増強させてしまいます。現在、細胞死は十数種類が知られていますが、プログラムされた細胞死の場合、大抵、死んだ細胞は取り除かれます。それが多細胞生物の基本的な機能であり、進化の過程で持ってきた役割です。
 ところが「コルネオトーシス」は、皮膚の角化に関して、死んだ細胞体を取り除かずに、機能的にうまく使ってバリアに用いています。ここが今までの細胞死と全く違う特殊な部分です。今までも角化における細胞死は知られていましたが、私たちの研究ではっきりと、特有の細胞内イオン変化を経て、死んだ細胞体自体が機能的なバリアとして、私たち陸上脊椎動物の生存に関わっているとわかり、新しい細胞死概念「コルネオトーシス」を提唱したのです。
 また、「コルネオトーシス」が起きる時の細胞内イオン変化は、非常に特殊です。カルシウムイオン濃度は、神経細胞などでは盛んに上昇することで信号を伝えていますが、これはミリ秒単位で一瞬だけ上がるものです。ところが「コルネオトーシス」では、1時間もカルシウムイオン濃度が中性条件下で上がり続けます。そして、ちょうど60分後に突然、細胞内が酸性化してカルシウムイオン濃度は上昇したままという状態になります。このような状態を経て細胞死に向かう現象は今まで知られていませんでした。では、なぜカルシウムイオン濃度が上がるのか。何がカルシウムイオン濃度を上げる細胞を決め、いつそれを行うかはどのように決まっているのか、は未解明のままです。これらは、角層バリアがどのようにつくられるかを決めていると考えられるため、非常に重要で、解明したいと思っています。また、細胞死のタイミングを制御することができれば、角化のスピードもコントロールできるかもしれませんし、例えば乾燥肌やアトピー性皮膚炎など角化やバリアに異常が起きた時も、カルシウムイオン濃度を制御しているメカニズムを標的にすることで、治療できる可能性があるかもしれません。

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■研究の現状や今後の取り組みについてお聞かせください。

 この「コルネオトーシス」がマウスだけで見られる現象なのか、それとも陸上にいる脊椎動物全般に保存された共通の現象なのかを知ることが大切だと考えています。特にヒトでこの現象が本当に起きているかどうかは、化粧品分野や皮膚科学の分野への貢献を考える際に非常に重要になりますから、研究する必要があります。
 ただ、ヒトの皮膚で実際にライブイメージングをすることは難しいです。そこで化粧品開発などでよく使われている、ヒトの皮膚の細胞を培養して、空気にさらすとだんだん表皮が出来上がり、表面が角化するという3次元ヒト表皮モデルという人工的な系を用いて実験を行っています。今までマウスで見ていた「コルネオトーシス」の現象が、実際にそこでも起きているのかどうかを、現在、ライブイメージングを組み合わせて解析しているところです。

 それから、両生類や爬虫類を対象とした研究にも取り組んでいます。最初にお話ししたように、今から3億6千万年前に両生類が表皮の角層を獲得して陸上に進出しました。ですから両生類は、祖先型の皮膚や角層を持っていると考えられます。その後、爬虫類がさらに進化して強いバリアかつ固い角層を持ち、その後なぜか哺乳類で毛が生えたり、乳腺が発達したりしながら柔らかい皮膚に変わり、保湿ができるようになったという流れがあります。すなわち、角層の保湿能は哺乳類しか持っていない特徴なのです。それは、それ以前の生物である爬虫類がなぜ保湿能を持っていないのかという疑問につながります。そして元々、角層の形成に関して、祖先型ではどうだったのかを知るには、両生類を見なければわかりません。
 そこで、顆粒層細胞を分離するという私たち独自の技術を用いて、爬虫類のヤモリと両生類のアフリカツメガエルを対象に研究を進めています。これらの生物は、ゲノム情報が全て決定されているため、その生物から顆粒層細胞を取ってきて、どのような遺伝子が発現しているかを解析しつつ、死ぬ過程を解析することで比較が可能です。すなわち比較進化細胞生物学的解析ができることになります。このようなアプローチこそが角層形成の進化の謎を解く鍵になると考えられ、現在、これらのテーマに研究室の学生たちがそれぞれ取り組んでいます。

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■学生を指導する際に心がけていることはありますか?

 本学部へ来る前は、化粧品コースには化粧品やヒトの皮膚のみに興味のある学生しかいないのではないかと思っていました。しかし実際は「爬虫類の研究をぜひやりたい」「両生類の皮膚にすごく興味がある」という学生もいて、多様な興味を持って喜んで研究に取り組んでくれています。そういう意味では、これは私の恩師の教えですが、とにかく楽しむことがサイエンスの最も大事なところだと思います。受け身で仕事をするのでは、決して良いアイデアやひらめきは浮かびませんし、何より何かを発見した瞬間の喜びは、自分が知りたいことを研究している時に最も得られるものだと思います。研究では簡単にはうまく行かないことも多く、何かと辛抱も必要ですが、やはり学生が楽しいと思えるように、まずはやる気が持てそうな方向へ、できるだけ向くようにと心がけています。そういう点において、何が楽しいのか、という点を強調して伝えることもありますし、研究したいと思えるようにするにはどうすればよいかということを考えるようにしています。特に、研究以外の分野に将来進む場合でも、研究の考え方やアプローチ法が必ず将来の役に立つことも伝えています。様々な考えの学生がいる中で、皆が心から研究をやりたいと思うようになることは、簡単ではありませんが、多少時間がかかったとしても、そのチャレンジはしていきたいです。
 また、研究室では、これまでの学生生活とは違い、お互いに友達同士ではないということもよく話しています。研究室は、プロフェッショナルとして、目的に向かって何かを行うという集団です。研究室に入れば一人のプロとして、「プロならば」をつけて行動し、取り組んでみようといつも話しています。特に研究室で過ごす日々は、社会人になる前段階の重要な時期です。失敗してもよいので、その練習をしてもらえればと思います。
 そして、何よりも重要なことは、研究を通して、人格を高めることだと考えています。どんなに成績や研究成果が良くても、人格が優れていなければ評価されないのが社会だと思います。私の恩師は、超プロフェッショナルは、高い人格と素晴らしい研究成果のどちらも両立できるということを、身をもって示していた方でした。ですから、そこは絶対に両立できるから卒業後も決して忘れてはいけないと、いつも学生に伝えています。

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■先生がこの分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

 話せば長くなりますが(笑)、もともとは環境問題に興味があり、それを解決したいと農学部に入りました。また、青年海外協力隊や国連の活動に興味があったことも農学部を選んだ理由のひとつです。学部4年生で所属した分子生物学の研究室では、蚕の裸繭という、繭がうまくできない蚕の分子生物学的解析をしていました。そこから研究にのめり込んだことが、この道へ進んだきっかけです。
 大学院修士課程は、奈良先端科学技術大学院大学という設立されたばかりの大学院(バイオサイエンス研究科)へ進み、一期生として学びました。そこでは、貝淵弘三先生(現藤田医科大学)の下で、当時盛んに研究されていた細胞内シグナル伝達経路の中でも、細胞骨格を制御するRho(ロー)という低分子量GTP結合タンパク質の標的タンパク質を探索し、新規リン酸化酵素Rho-associated kinase (Rho-kinase/ROCK)の同定に携わりました。厳しい研究室でしたが、とても鍛えていただきました。その後、博士課程は京都大学大学院医学研究科の月田承一郎先生の研究室に入りました。
 月田研究室は、月田承一郎・早智子ご夫妻が共におられたラボで、私はお二人に様々な薫陶を受けました。当時の月田研では上皮細胞という細胞組織の表面を覆う細胞シートに関して、クローディンというタイトジャンクションの構成分子を見つけるという大きなプロジェクトに取り組んでおり、古瀬幹夫先生と共にタイトジャンクションの構成分子"クローディン"を世界で初めて発見し、世界的に高い評価を受けていた頃でした。私自身は月田早智子先生の下で、RhoやRho-kinaseが、細胞骨格と細胞膜の間に存在するタンパク質であるERM familyが、タンパク質リン酸化によりどのように制御されているのかという研究を行いました。そのような中、自然に上皮細胞研究の面白さを感じるようになっていきました。
 その後、月田先生がアドバイザーとして関わる、エーザイが親会社であるカン研究所という創薬の種を見つけることを目的に設立された新しい研究所で、6年間、チームリーダーとして研究に取り組みました。そこでは、上皮細胞がどのようにしてできるのかの研究を開始しました。
 上皮細胞には、単層上皮という1層の上皮細胞と、重層上皮という多層からなる上皮細胞があります。小腸や胃は、1層のシートで覆われていて、それが吸収上皮や胃酸を分泌する上皮細胞など、細胞内に偏りがある非常にきれいな形態をしています。そして機能的にそれぞれの組織の表面で分泌したり吸収したりしています。
 一方、皮膚表層の表皮の場合は、重層(扁平)上皮でできています。つまり、常に外界にさらされて、多層化しながら体を守っている上皮細胞があるわけです。この単層上皮と重層上皮の違いは何だろうか、あるいはこれらがそれぞれどのようにできるのかを解明できないかということで、ここに関与する遺伝子群を探すプロジェクトを始めました。それが皮膚の重層扁平上皮の研究に入ったきっかけです。
 研究を進めていくうちに、重層扁平上皮は先ほど述べたように、適応進化と密接に関わっていること、なおかつ上皮細胞の性質を全て持っていることから、非常に面白いと感じるようになりました(単層上皮は今でもなぜできるのかは謎のままです)。それ以降は、ずっと重層上皮の、特にバリアの形成機構とその進化について研究をしています。

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皮膚表皮の構造と三つのバリアの存在



■先生にとって、どんなところが研究の面白さや魅力だと思われますか?

 第一に、世界で誰も知らない自然の真理を明らかにできることです。そして、それを論文という形で記録すれば、それは人類の中で永遠に残すことができるという面白さがあります。世界中の人が、自分が行った発見に関する論文を読んでくれ、時に学会へ行くと「面白い研究をしていますね」と声をかけてくれたり、同じような目標を持って研究をしている人と共同研究をしたりすることができます。また逆に、論文でしか知らなかった尊敬する研究者とも、訪問して議論をできたりします。サイエンスという分野は、とても良いコミュニティであり、楽しいです。
 また、私の場合は、やはり様々な顕微鏡で細胞の形を見て、素直に美しいと思うところも研究の魅力のひとつだと思っています。重層扁平上皮は、体の組織の中でもおそらく最も美しい構造がある場所のひとつだと思います。この秩序だった積み重なりと、それぞれの層が独自の働きをして、最後は機能的に死んだ細胞がバリアをつくるわけです。単純に、この美しさと機能を併せ持つものの謎を解いていくことが面白いと感じています。
 加えて、適応進化をした場所としては、皮膚が最も研究しやすいと私は思っています。適応進化の謎を解く場所(細胞)がそこにあって、しかもそれが分離でき、比較進化細胞生物学の視点で適応進化にアプローチできる場所は、まさに皮膚の顆粒層が適切ではないかと思い、研究を続けています。

■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

 私自身、蚕の研究から始まり、なぜか今、皮膚の研究にたどり着きました。そういう意味では、本当に自分のしたいことは、簡単には見つからないのかもしれませんし、時間がかかる場合もあるのだと思います。広い世界を見て、実際に体験しないとわからないこともあると思います。ですから、まずは目の前のことに一生懸命取り組んで、もし何かに興味を持てば、それをとことん調べて吸収していくことが大事ではないかと思います。
 特に、高校までの勉強について言えば、結局、将来的には学んだことを全て使わなければならず、一つもおろそかにするものではないということも伝えておきたいです。私は理系でしたが、これほど毎日のように文章を書き、国語や英語を使うことになるとは思いもしませんでした。
 その上で、ときに順調にいかないこともあるかもしれませんが、楽しむことを忘れずに、諦めなければ、必ず良い世界に出会えると思います。応援しています。
■応用生物学部:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/bionics/index.html

■皮膚進化細胞生物学研究室:
https://takeshi-matsui-lab.bs.teu.ac.jp/