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AR技術を応用して医療事故防止や医療従事者のトレーニングができるシステムを研究・開発しています!

2019年12月13日掲出

医療保健学部 臨床工学科 伊藤 奈々 助教

伊藤 奈々 助教

 まだ珍しい女性の臨床工学技士として病院で活躍された後、大学教員になられた伊藤先生。臨床工学技士の魅力は、医療従事者の中でも機械を通して治療に携われることと、さまざまな診療科で仕事ができることだと話します。今回は、先生のご研究内容や本学科で学生に身に付けてほしいことなどをお聞きしました。

■先生はどんな研究に取り組まれているのですか?

 AR(拡張現実)技術を医療分野に応用する研究をしています。ARとは、現実世界にコンピュータでつくられた視覚情報を重ねて表示する技術で、よくゲームなどに使用されているものです。この技術を用いたスマートグラス(以下SG)というデバイスで、医療事故を予防する研究に取り組んでいます。
 実際、医療現場ではさまざまな医療事故の増加が問題になっています。昔から病院では医療事故を減らすために、二人がかりで作業を確認するダブルチェックや三人で確認するトリプルチェックが行われてはいますが、そういう対策を行っても医療事故は減っていません。どれだけチェックをしても、やはり人間は忘れるしミスをする生き物です。そこで人間の能力だけを頼るのではなく、新しいデバイスを用いて人間の確認を補強・補助できるものがつくれないかと、この研究がスタートしました。
 具体的には、市販されている眼鏡タイプのSGをかけると、現実に見えているものの上にARでマニュアルなどが表示されます。今はそこに表示される情報がどういうものだと認識しやすいのかといったマニュアルの構成などについて考えています。例えば新人向けのものと熟練者向けのものとは当然、内容が違うので、それぞれどういうものが良いのかといった中身のコンテンツづくりに取り組んでいるのです。
 ただ、本来は病院内で働くさまざまな職種の方が使えるようにしたいのですが、現状、SGを病院内に持ち込むことには問題があります。例えば、眼鏡タイプのSGにはカメラがついているため、患者さんの個人情報を漏洩する恐れがあり、それを解決しない限り患者さんの前に出すことはできません。また、SGをつけて医師や看護師が対応すると不審に思う患者さんもいるはずです。ですから病院になじむようなデザインのSGが必要ですし、技術面でも人の顔を認識するとモザイクがかかる、あるいは特定の人物しか映さないといった機能を追加できるようにしなければなりません。それらのことがまだ実現できていないので、ここ3年は本学の学生を対象に新人教育用として研究を進め、SGを用いたARシステムが医療従事者にとって有用なものであることを証明しようと進めてきました。学生は医療機器の使い方やさまざまな医療行為を学ぶので、その際にこのSGを実験的に装着してもらい、学習効果の検証を続けているのです。

■具体的には、学生にどういうことをしてもらうのですか?

 まだ知識の少ない1、2年生に血液透析の機器の組み立てをSGのマニュアルを見ながら実施してもらいます。毎年、市販のSG自体の性能が上がっていますし、色々と改善点が見えてくるので、システムの見直しや更新をしながら実験を続けています。例えば初年度は、SGに表示されるマニュアル画像が自動で5秒ごとに先へ進む形式でしたが、それでは使いにくいということで、去年からは音声認識システムを導入し、声でマニュアルを次に進めたり前に戻したりできるようにしました。これによりかなり使い勝手が向上し、学生からの評価も上がっています。また、今年からは学習スケジュールに関する研究も加えて調べています。例えば、どのように勉強を重ねると良いのか、分散学習と集中学習のどちらが効果的かといったことや、ひとつのことを覚えるのに何回復習するのがベストかといったことも調べて、SGを使った時の最適な学習スケジュールについて検討しています。
 さらに今夏、初めて現役の臨床工学技士にこのSGシステムを試用してもらい、プレ調査を実施することができました。もちろん患者さんの前に出すのではなく、臨床工学技士の部屋でトレーニング用に使ってもらい、感想や効果を調べたのです。その結果、新人でもベテランと同じ精度で機器の組み立てができるようになったという結果が出ています。
 病院内には何百種類と機械があり、それらすべてを毎日使うことはありません。1カ月に1症例しかないような珍しい症例時に使う、複雑な機械もあります。そういうものをいざ使おうという時に、記憶だけを頼りに組み立てると間違う可能性が高くなり、医療事故にもつながりかねません。逆に使い慣れ過ぎている機械の場合も、手の動く感覚にまかせて作業してしまい、工程を飛ばす恐れがあります。ですから使用頻度の低い機械の操作に加えて、手慣れたベテランが一から十までの手順をきちんと踏んでできているかをチェックする機能としても、このSGシステムを使ってもらえたらと思っています。

■今後はどのように研究を展開していこうとお考えですか?

 現状、音声認識システムの導入はできましたが、医療事故を防ぐ、あるいは医療現場で使うには、見たい時に見たい情報がぱっと出てくるようなシステムが必要です。ですから、今のシステムに画像認識システムやAI(人工知能)を入れてSGに学習させ、アシスト機能を持たせられないかと考えています。例えば、ある機械を組み立てる時、間違いやすい手順が統計的にわかっていれば、「ここを注意してください」と表示される。あるいはSGを装着している個人のデータから間違いやすいところを予測して注意喚起してくれるようにできないかと考えています。
 また、画像認識システムとSGのカメラ機能を使って、自分の行った作業が確実にできているかどうかを、カメラを通してコンピュータに確認してもらうシステムを追加したいと思っています。そうすれば自己学習もでき、医療事故防止システムとして迅速なミスの回避ができるはずです。さらに現在は市販のSGを使っていますが、いずれは専用のものを開発したいですし、病院ごとに独自のマニュアルを反映したシステムが簡単につくれるようにもしたいと考えています。

■学生には本学科でどういうことを身に付けてほしいですか。

  臨床工学技士は機械を相手にする仕事だと思われがちですが、機械を操作する先には患者さんがいて、自分がほんの少し機械の設定を変えるだけで患者さんの状態は変わってきます。ですから自分の操作がどう患者さんに影響するのかを工学的な知識だけでなく、きちんと医学的な知識も身に付けて、理解できるようになってほしいです。そのうえで患者さんに対して非常に責任のある重大なことを担っているという自覚をもって、臨床現場に出てほしいと思います。工学的・医学的知識を持つことは、ほかの医療従事者と対等に話し、意見が言えることにもつながりますよ。

■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

伊藤 奈々 助教

 私としては、これから医療技術が進化し、機械はどんどん高度化するので、取り扱いが簡単になることは確かだと思います。ですが機械は故障することもあり、メンテナンスも必要ですから、臨床工学分野は益々重要になってくると思っています。また、病院における臨床工学技士の役割は、年々、拡大しています。例えば、これまでは体を切って開いて行う侵襲的な手術が中心でしたが、今はカテーテルや内視鏡などを使った非侵襲的に行う手術が開発されています。そんなふうに色々な新しい医療技術や医療デバイスが出てくるので、機械に詳しい臨床工学技士が医師とともに手術に携わるなど、業務拡大が進んでいるのです。また、病院内の医療安全は現状、医師や看護師を中心に行われていますが、工学的な考え方に基づいて医療事故を予防するには、臨床工学技士が中心になって進めるという方法も考えられます。
 このように臨床工学技士の仕事は非常に可能性があり、自分の努力や考え方次第で活躍できる場が増やせるので、ぜひ挑戦してみてください。きっと面白い将来が待っていると思いますよ。

・次回は12月20日に配信予定です