キャンパス内の桜の酵母で、ワイン、泡盛、ビールづくりに成功!
応用生物学部 地球環境コース 松井 徹教授

微生物が持つさまざまな機能を、産業や環境浄化に生かす研究を進めている応用生物学部バイオプロセス工学研究室では、本学キャンパス内の桜の花から分離した酵母を使って、ワイン、泡盛、ビールをつくることに成功しました。「大学創設40周年事業」の一環でもあるこの取り組みについて、研究室の松井徹教授に話しを聞きました。
■今回の取り組みの成果についてお聞かせください。
私たちの研究室では、食品や医薬品、化学品などの材料の生産や、環境浄化のために微生物の機能を利用することを目的に、環境中からの微生物の探索や機能解析、大量生産のためのプロセスの構築などを研究しています。この取り組みのひとつとして私たちは、本学の八王子キャンパスと蒲田キャンパスの身近な自然に着目し、そこに咲く桜(ソメイヨシノ)の花弁から、お酒づくりに欠かせない「醸造用酵母」を分離・特定することに成功しました。そして2025年より「大学創設40周年事業」の一環として、東京都内の酒造業者と手を組み、この桜由来の酵母を使ったお酒づくりの共同プロジェクトをスタートさせました。2025年の秋から2026年の夏にかけて実験と醸造を重ねた結果、ワイン、泡盛、ビールの開発に成功しました。試飲会でも味や品質について高い評価を受け、一部は実際に店頭やオンラインで販売されることになりました。
毎年春に咲くキャンパスの桜(ソメイヨシノ)
■どのような経緯でスタートしたのですか?
私はもともと微生物の専門家として、本学に着任してからは環境浄化に関するテーマを中心に扱ってきました。そんな中、7〜8年前に、「微生物を用いてお酒づくりの研究がしたい」という強い探求心を持つ一人の学生が研究室に配属されてきました。その学生は日本酒の利き酒資格まで有するほど熱心かつ真剣でした。「学生のやりたい気持ちに寄り添う研究をする」のは、本学が常に大切にしてきた姿勢であり、新しい微生物を探すことは私の研究室の強みでもありますから、その学生を中心に「社会に役立つ酵母」を探索するスクリーニング研究が始まりました。
最初は土や植物、果物など、思いつくさまざまなものを対象としました。青果店のさまざまな果物を試したり、私の実家のヒヤシンスを調べたりもしました。その後3〜4年前からは咲いている花につく「花酵母」に着目し、キャンパスを歩き回っていくつかの花を調べる中で、毎年美しく咲くソメイヨシノに目が留まりました。最初は正門近くの桜を夢中で採取していて、警備員の方に怪しまれ「何をしているんですか」と声を掛けられたことも(笑)。その後は大学の許可を得て、桜酵母の採取を進めていきました。学術的な挑戦となったのは、無数に存在する微生物の中から「醸造に適した特定の酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)」をいかに選択的に分離するかという点です。私たちは「アルコール耐性」を利用した独自の選択培養法を構築し、これが大きなブレイクスルーとなって醸造用酵母を分離・特定することができました。
■ワインづくりはどのように進めたのですか?
桜から醸造用酵母を見つけることができても、大学だけでお酒を造れるわけではありません。醸造には専門的な設備や技術が必要だからです。そこで協力してくれる酒造業者を探したのですが、最初は「大学が趣味でやっているだけだろう」と思われ、パートナー企業を探すのは大変でした。そんな中で、一番早く引き受けてくださったのが、練馬区に拠点を置く東京初のワイナリー「東京ワイナリー※1」さんでした。気風の良い社長さんが「面白そうだからやりましょう!」と快諾してくれたのです。
私たちは山形県産の「スチューベン」という黒ブドウを調達し、研究室の学生たちと一緒にワイナリーへ赴いて、手作業でブドウを潰す搾汁作業を行いました。ブドウの表面にはもともと野生の酵母がついているため、そのままでは桜の酵母の効果が証明できません。そこで一度低温殺菌を施して他の微生物を不活性化させてから、私たちが分離したソメイヨシノの酵母を入れました。およそ2週間の発酵を経て完成したワインは、美しいロゼ色で、「爽やかな酸味があり美味しい!」と学内でも大好評でした。東京都内でソメイヨシノ由来の酵母を使ってワインを醸造した例はこれまでになく、本研究室にとって大きな一歩となりました。この秋からは、卒業生の繋がりを生かして長野のブドウ園の協力を得ながら、白ワインの醸造に挑戦する計画も進めています。
研究室の学生もワイナリーで搾汁作業などを実施
ワインラベル
完成したワイン
※1「東京ワイナリー」・・・・2014年、東京都内初のワイナリーとして創業。都内の契約農家の葡萄を使用したワイン醸造や委託醸造などを行っている。
https://www.wine.tokyo.jp/
■沖縄のお酒「泡盛」づくりについて聞かせてください。
私は本学に着任する前に10年間、沖縄県の国立琉球大学で研究をしていました。当時は沖縄の離島を回って微生物を集める「沖縄微生物ライブラリー」の構築や、伝統食品である「豆腐よう」に使われる紅麹の研究など、地元の企業さんと地域連携活動を深く行っていたのです。
このころの繋がりが、今回の泡盛づくりに結びつきました。泡盛研究を通じて知り合った先生から紹介してもらった「やんばる酒造※2」さんと2026年4月に打ち合わせをすると、若い社長さんが快く協力してくれることになりました。泡盛はワインとは製法が異なるため、桜酵母が本当に使えるのかは未知でした。しかし酒造会社の専門家と何度も意見を交わしながら試験醸造、蒸留を進めた結果、約30リットルの泡盛を完成させることができました。
大学の40周年記念にちなんで「幸華(こうか)」と命名したこの泡盛は、30度に調整され、沖縄で泡盛を飲み慣れた私も納得の自信作となりました。ラベルには、研究室に在籍する絵が得意な学生が描いた、酵母をモチーフにした可愛いキャラクター「染八(ソメハチ)」が配されています。このように、地域企業との協力や商品ラベルのデザインなど、さまざまな角度から実際に「ものづくり」に関わることは、学生にとって研究室内だけでは得られない貴重な経験を積む機会になっています。
ご協力いただいた沖縄県の「やんばる酒造」
泡盛のラベル
染八(そめはち)のキャラクターをデザインするなど、
研究室の学生も協力し、泡盛は完成
※2「やんばる酒造」・・・・1950年に創業した沖縄本島最北端の泡盛酒造所。自然豊かなやんばるの天然水で丁寧に仕込んだ泡盛を製造している。
https://takazato-maruta.jp/
■ビールづくりは、どのように進めたのですか?
一連のプロジェクトの中で、実は最初に手をつけたのがビールでした。しかし、これが最も技術的な困難を伴いました。野生の桜から分離した酵母は、ビール醸造に求められる発酵能力が十分ではなく、何度トライしても最初はうまくいきませんでした。
そこで、大学の地元である八王子市内のクラフトビール専門の醸造所「シェアードブルワリー※3」さんとタッグを組み、どうすればこの酵母を生かせるか検討を重ねました。酵母の種類や製法を変えながらデータを分析し、さまざまなアプローチを続けた結果、2026年3月ごろにようやく樽一つ分のビールを完成させることができたのです。
出来上がったのは、フルーティーで非常に華やかな香りが特徴のエールタイプのビールで、試飲会ではお酒好きの先生がお代わりするほどの出来栄えでした(笑)。通常、ビール会社はリスクが高いために実績のない野生酵母は敬遠するので、これは本当にチャレンジングな成功と言って過言ではありません。今夏には、シェアードブルワリーさんのネットチャネルを通じて500〜600本限定で全国に向けて販売される予定です※4。それに先立って行われた八王子の環境フェスティバルでも大きな反響を呼びましたので、みなさんにお届けできるのが今からとても楽しみです。
※4 2026年9月、大好評のうちに予定数を完売しました。
ビールは学内で試飲会を開催し高評価を得た
ビールのラベル
ご協力いただいた「シェアードブルワリー」は八王子市クラフトビールで、免許第一号の醸造所
※3「シェアードブルワリー」・・・東京八王子第一号のクラフトブルワリー。酵母培養&実験、窒素ガス充填ビール、野生酵母ビール、樽熟成など、常に新しい挑戦を続けている。
https://www.sharedbrewery.com/
■ほかにも取り組みを進めていると聞きましたが。
新たな取り組みとして現在、八王子市内の酒造会社さんと一緒に、地元の桜酵母、地元の水、地元の蔵元という“オール八王子”の日本酒づくりの試作も進めています。
そのほかユニークな試みとして、お酒を醸造するプロセスの途中で出てくる副産物の有効利用にも挑戦しました。例えば、ワインを造る際に出る「おり(沈殿物)」は、通常は廃棄されてしまいますが、実は酵母の塊そのものです。そこで東京ワイナリーさんの近くにあるパン専門店「ぬけがらワンダーランド※5」さんにお願いし、この「おり」を使った味わい深いパンを試作していただきました。また、ビールづくりで出る「おり」も使って、八王子みなみ野駅の近くのパン屋「ヴェールの丘※6」さんにパンの試作を依頼し、ビール酵母の効果で中身がモチっとした風味豊かなパンができました。このように廃棄物を資源として活用することは、SDGsすなわちサステナブルな社会実現への貢献の観点からも意義あるものと言えます。
試作したパン
研究室でもパンの試作に取り組んでいる
※5「ぬけがらワンダーランド」・・・東京都練馬区にある葡萄酒のぬけがら酵母パン専門店。ワイン醸造後に残るブドウの皮や種を利用し、パン作りを行っている。
https://www.nukepanjp.com/
※6「ヴェールの丘」・・・八王子キャンパスの最寄り駅でもある八王子みなみ野駅に本店を構える菓子工房。ケーキなどの洋菓子はもちろん、常時40種類以上のパンも揃えている。
https://www.vert.cc/
■受験生や高校生へのメッセージをお願いします。
微生物学の歴史は数百年に及びますが、実は地球上に存在する微生物の99%以上は、まだ人間に発見・利用されずに「眠っている」と言われています。近年は遺伝子などの解析技術が劇的に進歩したおかげで、これまでは見つけられなかった微生物の驚異的な働きが次々と明らかにされ、環境問題の解決や革新的な医薬品や食品などの開発へと応用されています。2015年に難病の治療に役立つ微生物由来物質を発見した功績によりノーベル賞を受賞された大村智博士が「すべては微生物がやってくれた」と語られたとおり、微生物には計り知れないパワーと可能性が秘められています。
微生物の研究は、地球や人類にとって有用な資源を掘り当てる「宝探し」の楽しさと感動に満ちあふれています。私たちの研究室の強みのひとつは、大学に閉じこもるのではなく、社会や地域企業とコミュニケーションをとりながら一緒に挑戦できることです。そしてこうした実践的な活動は、研究室の学生を将来に向けて成長させる原動力にもなっています。高校生のみなさん、ぜひ私たちとともに最先端の生命科学を学び、未来を変える微生物の可能性を切り拓いてみませんか。
