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「いつか街そのものを“人の集まる空間”として演出してみたい」

デザイン学部 田村 吾郎 講師 

デザイン学部 田村 吾郎 講師

アートディレクションや舞台の空間演出を中心に手がけている田村先生。中でもオペラや邦楽など音楽の舞台に、絵画や映像を用いる画期的な演出方法が注目を集めています。今回は、そんな田村先生が取り組んだ代表的な作品と教育についてお話いただきました。

■先生が手がけた空間演出の作品について教えてください。

わかりやすい例としては、毎年、東京芸術大学奏楽堂で行われている“和楽の美”という邦楽の演奏会があります。3年ほど前から、私はこれのステージング全般に関わっていて。昨年は「邦楽で綴る『平家の物語』」というテーマで、本学の中島健太先生と一緒にフルハイビジョンのアニメーションを背景に使う試みをしました。例えば、竹やぶや月夜、建物などの背景を大道具でつくるのではなく、アニメーションで演出するんです。文字などの説明的なものではなく、もっと自然な形で観客に状況を理解してもらうことが狙いでした。雰囲気を伝えるというのかな。はっきり場所を特定する必要はないけれど、どういうシチュエーションかをわからせたい。そのために背景にアニメーションを映し出して、さり気なく時間や状況がわかるようにしたのです。そもそもこの舞台は新曲で、邦楽の数あるコンテンツの中からいくつかの部分を抜き出して再編成されたものです。だからどういうシーンで何が行われているかは、そうとう邦楽に精通した人でないとわからないんですね。ただ、そういう舞台は“知る人ぞ知る”公演になってしまいがちです。そこでもっと間口を広げるという意味でも、わかりやすさや楽しむ要素があってもいいのではないかと映像を使った演出を提案したわけです。

和楽の美 「平家の物語」東京芸術大学奏楽堂 ?RamAir.LLC

また、革新的な取り組みだったと思う作品の例では、昨年5月に演出を手がけた『ポッペアの戴冠』というオペラがあります。これはフラッシュによる文字と照明だけで演出をしました。日本語訳をフラッシュで映し出すのですが、その翻訳も自分たちで手がけたうえ、字幕の位置やタイミングも音楽と完全に一致させることができました。

コンサートオペラ「ポッペアの戴冠」?新国立劇

■日本語訳までされたのですか!?

一般的な対訳がそのまま映し出されても、意味は伝わるかもしれませんが、本質的な部分が伝わりにくいんです。対訳に使われている漢字が持つイメージ、文字の印象が、実際の舞台上のオペラとはどうも違っていて。そこで自分たちで翻訳をすることで、文字から受ける印象と歌の印象とを一致させる試みをしたのです。かなり何度も細かく見直しましたが、本番初日の公演では、まだどうしても舞台上のオペラと映し出された日本語の印象に違いが出てくるところがあって。1日ですぐに修正するなど、なかなか大変でした。

先生は空間演出に映像を使われることが多いようですが、そのきっかけは何だったのでしょう?

ドイツ人のバリトン歌手と日本人のチェンバリストと一緒に取り組んだ、2008年の『美しきマゲローネの物語』という舞台がきっかけです。彼らはヨーロッパで活動している、ドイツ・リートというドイツの歌曲をバリトンとピアノで演奏している方たちです。彼らから、日本で演奏をしたいのだけど、言葉がわからないとストーリーが伝えられないので何とかできないかという相談を受けて。そこで映像を使って歌詞の対訳を出しつつ、あとは状況説明のために絵画を使ってはどうかと提案したのがこの作品です。これは最初に絵画が出てきて、歌った瞬間に対訳がぱっと出てくるという演出でした。電光掲示板などは、ステージの隅にあるので、舞台を見る時と字幕を見る時とでは、完全に視線が移動しますよね。ですからどちらか一方しか見えないし、何より歌と字幕のタイミングが合いません。でもプロジェクターを使えば、文字そのものが映像コンテンツとして扱えるのでタイミングが合わせられますし、色や文字のフォントも変えられます。そういうわけで、この舞台を機にプロジェクターの映像を使い始めたんです。
ただ、私は舞台や映像にこだわっているわけではありません。これは自分なりの解釈ですが、空間というのは舞台芸術やオペラだけでなく、ショップなどの商空間、インテリアなどにも当てはまります。プロダクトそのものだって空間ですし、グラフィックの中にも空間性はあります。こんなふうに拡大解釈していけば、どこまでも空間だといえます。つまり私にとっては、媒体は何でもいいんです(笑)。また、舞台における空間演出も舞台上だけでなく、本当は観客が入ってくる会場の入口や会場に至るまでの道までも演出する必要があるし、そこまでしたいと思っています。それほど演出範囲は広げていけるんです。これは夢ですが、いつか街そのものを“人の集まる空間”として演出してみたいと思っています。25年後くらいには実現したいですね(笑)。

■では、授業ではどのようなことを教えているのですか?

演出論や専門演習など、2年生以上を対象とした授業を担当する予定です。1年生しかいない今は、感性演習の「描く」という授業やアドバイザリーグループで、学生とコミュニケーションをとっています。今後始まる演出論の授業では、技術的な話よりも考え方や切り口、面白さと難しさなどを教えたいですね。私自身は、面白さと難しさは表裏一体だと感じていて。つらいけど面白いというような話ができたらと考えています。例えば、デザイナーになりたいと思っている学生は、デザイナーという職種にエントリーして、合格すればデザイナーになれるという感覚を持っているのではないかと思うんです。私自身も学生の頃はそうでした。でも実際はそうではないということを話したい。仕事をしていく中で、クライアントが何を求め、何に困っていて、こちらから何が提案でき、それを実現するにはどういう技術と知恵が必要なのか。そういうことを繰り返し考えながらデザイナーになっていくわけですから。また、そういうことを考えて取り組むことって、大変だけど楽しいじゃないですか? 決まりきったプラモデルを組み立てるのではなく、どうしたら実現できるのかを考えながらつくるほうが面白い。そいうことを演出の実例を通して伝えられたらと思っています。

■最後に、学生にはどんな人になってほしいと思いますか?

当たり前のことですが、学生たちはまだ経験値が少ないですから、そういう意味では自信を持っていないと思います。また、何年も浪人して美術の勉強をしてきたような、いわゆる美術大学の学生に比べれば、例えば“絵を描く”という経験の量は少ないかもしれない。だけど、それも学生の特長だと思うんです。単純にうまく絵を描くとか、うまいデザインをするということだけが勝負する基準ではありません。ですから、例えば絵を描くことが苦手な人がいても、それを自分自身の特長と捉えて、「それなら、こうしよう」と別の発想ができるような人になってほしいですね。私自身もそうでしたから。学生の頃の私は、芸術系の大学にいる人間としては致命的ですが、どうしても作品をつくることに自信が持てなかったし、リアリティを感じなかった。そこで考えを突き詰めていくと、私は作品が社会と接する接点の部分に興味があるのだとわかって。それで作品とその背景、つまり社会とをつなげるためのものをつくる人になろうと思ったんです。そんなふうに、ある種のウイークポイントを含めて、自分に何ができるのか考えられる人になってほしいです。
[2010年6月取材]

・次回は9月10日に配信予定です。

2010年8月11日掲出