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研究・教育紹介

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「人間同士のコミュニケーションの方法を明らかにして、ロボット開発や障害者支援につなげたい」

メディア学部 榎本美香 助教 

メディア学部 榎本美香 助教

人と人とのコミュニケーションの特徴や認知のメカニズムを研究している榎本先生。研究成果は、人工知能やロボットに応用できるほか、精神障害者支援にも役立てています。今回は、そうした研究の具体的な内容についてお話いただきました。

■先生のご研究について教えてください。

例えば、今、こうしてお話していると、交互に話していますよね。会話に何人参加していても、全員が同時に話すということはありません。では、次に誰が話すのか、誰に話すのかということを、私たちはどんなふうにして把握するのでしょう? 二人の場合は交互なので簡単ですが、例えばゼミなど、集まる人数が増えれば増えるほど、「次は私が話します」と主張したり、先生に指名されたりというようなコミュニケーションの方法をとりますよね。また「○○さん」と呼びかける方法もあるし、視線を向けたり、当てられたくないときは視線を逸らしたりという方法もあります。このように、人間がコミュニケーションをとるときに使う身振りや言葉、視線などを分析し、それらが日常的にどう用いられているのかということを研究しています。
代表的な研究例としては、話し手が交代するとき、話し終わることがどのようにして聞き手にわかるのかという研究があります。ある二人の会話を録音し、片方が発話し、次にもう片方が発話するまでの時間を測定してみると、100ミリ秒もあいていませんでした。一般に人間が何かの刺激を受けて、それに反応するまでの時間は、200ミリ秒と言われています。また、オリンピック選手であれば、100ミリ秒を切る反応ができるそうです。では私たちは会話において、なぜそんなに速く話者の交代ができるのかというと、あらかじめ話し終わりを予測し、実際に話し終わる前に話し出しているからだと仮定できます。そのとき、どういう情報を手がかりにして“ここで話が終わる”ということがわかるのかというと、例えば、最後に少し声が低くなるといった韻律や話す速度が遅くなるといったことが挙げられます。また、文法的な部分で「です」「あります」が出てきたとか、終助詞「あるのよ」「あるのね」という言葉が出てきたとき、そろそろ終わりだとわかるのです。
人間は会話するうえで、そういうことが自然とできています。ですからその人間のコミュニケーションの特徴を解明することで、今度はそれをロボットやインテリジェントエージェントにどう応用していくかということにつなげていければと思っています。

■最近、特に力を入れている研究があるそうですが?

今は主に、精神障害者とのコミュニケーションギャップを解決する方法について研究しています。健常者が会話するとき、もし相手の言っている単語の意味がわからなかったり聞き取れなかったりしたら、「今のは、どういう意味?」とか「もう一度言って」と理解できるまで話し手に問い返すことで、会話上のトラブルを解決していきます。一方、精神障害者の場合は、一般に話が飛躍したり、障害のせいで不明瞭な発音になったり、聞き手と共有していない出来事をあたかも共有しているかのように話すという場合があります。そうすると聞き手も理解できなくて、お互いに齟齬が生じてしまいます。そういうギャップをどう解決するかということについて考えているのです。
例えば、遂行機能障害という障害があります。この障害を持つ方は、朝起きて家を出るまでに30分あるとすると、その間に何をすれば良いかということが選べません。いろいろとしなくてはならないことがあった場合、その中からひとつのことに注意を集中できない障害だと言われています。持っていくものを選べないとか、飲食店のメニューが選べないということもあります。これは昔から言われている「ロボットのフレーム問題」とまったく同じ問題です。というのも、ロボットに「ある部屋から爆発物を除去せよ」という命令を出すと、ロボットはそれとはまったく関係ないもの、例えば部屋の壁は除去しなくて良いのかとか、壁からこの爆弾をはずすのか持ち上げるのかとか、あらゆる可能性を検討してしまうのです。その結果、何もできずにそこで爆発してしまうという話です。つまり私たちは、常に情報を取捨選択していて、ある目的を達成するためには、このことは考えなくて良いと、自然とフレームを区切っているわけです。遂行機能障害はそれができません。そういう人に、どう集中して物事に目を向けさせるか、選択させるかという解決策を工学的な観点から見つけようと取り組んでいるところです。

■研究の面白さや魅力とは、どんなところにありますか?

私たち人間には、会話や日常の行動など、なぜ達成できているのかはわからないけれど、できているということがあります。そしてそれができるのは、何らか私たちが方法を持っているからです。けれどもその方法は、公式みたいには書かれていません。社会的に獲得されるものであったり、人間という種特有のもので、発達してくるものであったり、いろいろな方法で実現できているのだと思います。その方法をひとつひとつ明らかにし、わかっていくというところが面白いですね。

■授業では、どういうことを教えているのですか?

「感性情報処理」という授業を担当しています。ソフトウェアやアプリケーションをつくるとき、それが使い手にとってどれくらい興味をひくものであるのかという、ユーザビリティやユーティリティを評価する方法について教えています。興味や嗜好は人によって違うものですが、やはり人気があるものは存在します。個人差はあっても、どこか似通った判断がされているわけです。その辺が、非常に“わかりやすさ”や“使いやすさ”と関係していると言えます。例えばボタンが見やすいだとか、作業がしやすい画面のデザインといったことですね。そうした“わかりやすさ”や“使いやすさ”の部分を評価する力を身につけてもらって、ものづくりをしてほしいと思っています。

発表風景

■最後に、今後の展望をお聞かせください。

今の研究テーマを手がけるきっかけにもなったのですが、高次脳機能障害者の会話における障害の度合いを測る基準をつくろうと、言語聴覚士の方と一緒に研究をしています。高次脳機能障害は、事故や脳炎や脳卒中によって脳の一部の機能が失われ、その部分の認知機能が使えなり、日常生活に支障をきたすという障害です。先ほどの遂行機能障害も、高次脳機能障害によって起こることがあります。ただ、この障害は、脳のどの部分に損傷があるかで症状が違うため、障害のバリエーションも多いと言えます。ですから、まだその診断基準については研究を進めている段階です。

こうした高次脳機能障害者や精神障害者とのコミュニケーションギャップを解決する研究は、他大学のさまざまな分野の先生と協力して取り組んでいます。今後は、本学に新たに開設された医療保健学部の先生方とも連携をはかりながら、進められたらと考えています。
また、障害を持つ方のコミュニケーションの特徴を捉えたり、健常者同士のそれを調べたりすることで、会話中に問題が生じたときの修正方法や声のかけ方がわかってくると、障害者への支援策も考えられるようになります。そうすることで、少しずつ世の中が変わり、精神障害者への偏見がなくなり、“認知的バリアフリー社会”を実現できればと思っています。
[2010年7月取材]

■個人ページ
http://mika-enomoto.info/

・次回は10月8日に配信予定です。

2010年9月10日掲出