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ワインの色・味・香りのもととなる成分を研究して、“おいしさ”の秘密に迫りたい!

2014年9月12日掲出

応用生物学部 高柳 勉 教授

応用生物学部 高柳 勉 教授

食品のおいしさについて、科学的に解明しようと挑戦している高柳先生。ワインやお茶、果実などをターゲットに、その味や香りについて研究されています。今回は、その中でもワインに関する研究を取り上げて、お話しいただきました。

過去の掲載はこちらから→ 
https://www.teu.ac.jp/interesting/018102.html

■今、先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

 基本的な研究テーマは、これまでと同様「食品の“おいしさ”に関わる成分の探究」です。“おいしさ”に関わる成分とは、具体的には人が知覚できる色や味、香りのもととなる成分のことです。前回の取材でお話ししたように、当研究室は食品の中でも特にワインをメインに研究しているので、今日もそれに関連する研究を、3つご紹介しようと思います。

 ひとつは、ワインの色に関する研究です。赤ワインの赤色のもとは、主にブドウの果皮に含まれているアントシアニンという物質です。このアントシアニンは、ポリフェノールの仲間で、ワイン醸造中にブドウ果皮から抽出されます。それによって赤ワインは赤い色調を持ちます。ところで赤ワインの場合、数年、長ければ10年以上も貯蔵される場合があります。この期間にワインの熟成が進むと考えられています。この熟成の間に赤色のもととなるアントシアニンの構造が変化し、赤ワインの色合いが変化します。たとえば、できたばかりの若いワインが青みがかった赤色をしていたのに対して、それが熟成とともに、少しレンガ色が加わった赤色に変わる場合があります。

 この色調の変化は、アントシアニンの構造変化によるものだと推測されます。赤ワインの色調は、その品質に大きく影響することから、製造・熟成中の 色調変化とアントシアニンの構造変化との関係は活発に研究されてきました。赤ワインの色調の安定化に関与する現象として、コピグメンテーションとアントシ アニンの誘導体形成が知られていますが、今日はコピグメンテーションについてお話します。コピグメンテーションとは、アントシアニンとポリフェノールなどの物質が相互作用することで、赤色の強さや色合いが変化する現象です。当研究室もこの現象に注目し、現在、どのような環境下でコピグメンテーションが起こるの か、またそれが起こることで色調にどういう影響を与えるのか調べています。

 この研究で期待しているのは、赤ワインのきれいな赤色を保持するために、コピグメンテーションという現象を積極的に利用することです。赤ワインの魅力のひとつは、その鮮やかな赤色です。それが退色したり色合いが悪くなったりしてしまうと、赤ワインの魅力は低下してしまいます。そこでコピグメンテーションの研究から得られた情報を有効に利用し、色の安定化につなげられないかと考え、取り組んでいます。

赤ワイン用ブドウの果皮に含まれる代表的なアントシアニン

■では、他の2つの研究とは、どのようなものでしょうか?

 ワインの味と香りに関する研究になります。味の研究では、人が知覚するワインの味の相互影響について調べています。味の相互影響というのは、たとえばお 汁粉に塩をちょっと加えると甘味が増すということありますよね。塩は本来、甘味を持ちませんが、人の味覚では、塩を加えることで甘味が強調されるという少し不思議な現象が起きます。これは特殊な例かもしれませんが、日常、食事を取る時に、色々な味が同時に存在すると、それらの味が影響し合うことを感じる場面は多いと思います。

 ワインの場合、味のもとになる物質として、フルクトースやグルコースといった甘味を持つ糖質、酒石酸やリンゴ酸、乳酸のような酸味をもつ有機酸、苦味・渋みを持つポリフェノール類などが含まれています。それらの成分の中でも、研究室では、現在、特に“酸味”と“苦味”に注目し、酸味や苦味が他の味成分によってどのように影響されるか研究しています。

 酸味の研究では、ワインの酸味成分である酒石酸にフルクトースのような甘味を持った物質を加えると、酸味は増強されるのか、逆に弱くなるのか調べています。また、酒石酸の溶液に苦味を持つ物質を入れると酸味は強くなるか、弱くなるかということも調べています。ここでの実験方法は、人の味覚を使ったセンサリー評価、つまりパネリスト(センサリー評価をするひと)に実際に口に含んでもらい、測定を行っています。単純な水溶液の実験からはじめ、段階的に、ワインに近い複雑な系へと実験を進める予定です。さらに、ワインに含まれるアミノ酸が、どのようにワインの味に影響しているかについても研究しています。ワインに含まれるアミノ酸と味の関係は明らかになっていませんが、食品全般で見ると、アミノ酸は食品のうま味と関係しています。将来的には、アミノ酸のようにワインの味への関与が明確になっていない成分を調べることで、“厚み”や“コク”といった味に関する抽象的な表現に関わっている成分を明らかにしていきたいと思っています。

ワインの嗜好成分

■ワインの香りの研究では、どんなことに取り組んでいるのですか?

 ワインそのものの香りについても研究を行っていますが、今日はワインと食品の相性に関連した香りの研究について話したいと思います。ワインと食品の相性に関しては、古くからいくつか定説があって、例えば、「肉料理には赤ワインが合う」とか「魚料理には白ワインが合う」ということがよく言われます。それは長い期間をかけ、多くの人々の経験を通して、伝えられてきたことだと思いますが、科学的に解析された例は多くありません。最近、ワインメーカーのメルシャンの研究グループが、ワインと魚介類を同時に食べると、魚介類の生臭さが強調される場合があり、それはワインに含まれる鉄イオンと関係しているという報告をしました。彼らは生成する香気成分の分析から、ワイン中の鉄イオンが、魚介類に含まれる脂質の分解を促進し、生臭さのもととなる物質が口の中で増えるのではないかと推測しています。(参考文献:T. Tamura et al., J. Agric. Food Chem. 2009, 57, 8550–8556)

 私たちの研究室でもワインに含まれる金属イオンなどの成分が、DHAやリノール酸などの多価不飽和脂肪酸の分解を促進するかどうかに注目した研究をしています。ワインには鉄イオン以外にもたくさんの成分が入っているので、たとえば糖や有機酸、ポリフェノールといった甘味や酸味、苦味にかかわる物質が金属イオンと共存すると、その分解促進作用がどのように影響されるかということを調べていこうと思っています。

 また、今、お話しした香りの変化は、人の口の中で、短時間で起こる化学変化を想定しています。ですから、当研究室では数十秒から数分の単位で、香りに関わるどのような物質が生成されるか調べています。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 基本路線は、前回お話ししたことと変わりなく、食品、特にワインに含まれる色や味、香りなどの知覚要因を、化学分析と人の感覚を用いたセンサリー評価によって研究していきたいと思っています。ただ、これらの知覚される成分が、どのように“おいしさ”に関わっているかを解明することは難しいものです。「なぜおいしいのか」ということを明らかにすることは難しいですからね。とはいえ、色、味、香りという“おいしさ”のもとになっている知覚要因について研究を進めることで、少しでも“おいしさ”の秘密に迫り、食品の品質向上や新商品開発につなげられると、うれしいなと思っています。

 また、今後はこれまで研究してきた味などの嗜好性の領域に加えて、機能性の部分にまで研究を広げていきたいと考えています。現在も、ポリフェノールや脂肪酸の機能性について研究に着手しつつあります。今後、こうしたポリフェノールや脂肪酸などの味や香りに関わる物質の健康増進効果に関する研究を、新たな研究テーマとして取り入れていきたいと思っています。

食品の化学分析とセンサリー評価

・次回は10月10日に配信予定です。