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デザインは、誰かをhappyにすること。誰かのために、あれこれ考えることが好きな人に向いている分野です。

2015年6月12日掲出

デザイン学部 伊藤 潤 助教

今年4月より、デザイン学部には、新たに工業デザインコースが設けられました。そこで今回は、工業デザインの定義や同コースのカリキュラムの特長などを中心に、工業デザインコース・工業デザイン専攻の教員である伊藤先生にお話しいただきました。

■今年度からデザイン学部に工業デザインコースが誕生しましたが、そもそも工業デザインとはどういうものなのでしょうか?

 工業デザインの説明の前に、まずデザインとは何かということからお話ししようと思います。

 「design」は日本語に訳すのが難しいので、カタカナの「デザイン」が日本語として定着してしまっています。強いて訳せば「意匠」や「設計」となるのでしょうが、「デザイン」はもう少し広い意味をもつ言葉ですよね。

 デザインの本質は“問題解決”だと言われています。それでは少し簡潔過ぎて、イメージが掴みにくいかもしれないので、私個人としては“誰かをhappyにすること”と言い換えています。“誰かを”というところが重要で、自分がhappyになる、ではないんですね。格好いい作品やカワイイ作品をつくって自分が満足する、というのはデザインではありません。デザインとは、さまざまな角度から問題を解決するための提案をしていくこと。アート作品をつくったり、自己表現をすることとは違う、という点は強調しておきたいですね。また、世間一般では、デザインとは色柄や形のことだと考えている人も多いように思います。それもデザインの一部ではありますが、「スタイリング」と呼んだ方が良いですね。

 そういうデザインという考え方を産業の中で活かすのがインダストリアルデザイン、工業デザインです。具体的には製品のデザイン、プロダクトデザインが中心になります。アメリカで活躍したインダストリアル・デザイナーの先駆者に、レイモンド・ローウィという人がいます。彼の著書の日本語版には『口紅から機関車まで』というタイトルがついています。身の回りのものから不特定多数の人が利用するような大きなものまですべてを手がける、それが工業デザインだということですね。現在では、製品そのもののデザインに加え、サービスやアプリケーションといったソフトのデザインも対象に含めて考えても良いでしょう。

■では、工業デザインコースのカリキュラムについて教えてください。

 デザイン学部には、視覚デザインコースと工業デザインコースの2つが用意されています。視覚デザインコースは、イラストレーションやWeb、映像などのグラフィック系を扱います。工業デザインコースは、立体的なモノや空間のデザインを扱うコースです。どちらのコースを選択するかは、2年生の終わりに決めてもらいます。そこに行きつくまでの1、2年生の段階では、感性演習やスキル演習という基礎の授業が用意されています。そこでいわゆる手を動かすトレーニングを積み、3年次以降の専門に備えるというカリキュラムです。

 3年生の後期に入るときには、自分が選択したコース内で、さらに専攻を決定します。視覚デザインコースは、視覚デザイン専攻と映像デザイン専攻から、工業デザインコースは、空間デザイン専攻と工業デザイン専攻から選択することになります。

 授業に関して言うと、私は3年生前期にある工業デザインコースの「工業系CAD」と、後期にある工業デザイン専攻の「工業系モデリング」という演習を担当します。CADソフトを用いてモデリング、つまりコンピュータ上で形をつくり、検討することをしてもらおうと考えています。3Dプリンタが普及したことで、データを現実の物体にするプロトタイピングが容易になりました。それによって、デザイナーがコンピュータ上で形を作るスキルを習得する意味が大幅に増しました。授業では、ティーポットや椅子など、身近にあるものを課題としてCADソフトを使えるようになってもらい、最後はオリジナルのプロダクトをデザインしてもらいます。

 また、今回工業デザインコースが誕生したことを機に、デザイン学部には設備として3Dプリンタが導入されました。私を含めた数名の教員でプロジェクトを立ち上げて、この最新設備を利用して何か面白いことに挑戦しようと考えているところです。


授業の様子

■先生ご自身は、これまでにどのようなデザインを手がけてこられたのですか?

 私の専門は、デザインマネジメントという分野です。デザインマネジメントとは、プロダクトの最初の企画段階から実際に製造してユーザーに届けるところまで、総合的にデザインするものです。ただ単にモノをつくるのではなく、どうしたらそのモノの良さが伝わるかということも含めて、その製品やサービスのブランド全体を考えます。

 本学に来る前に在籍していた企業で、アスリート向けのマットレスや枕のデザインを手がけた事例をお話ししましょう。人生の1/3~1/4は眠って過ごすわけですが、寝具を自分で選んで買う機会は少ないですよね。日本人は掛け布団には結構関心があって、ある調査によれば羽毛布団の普及率が100%を超えているらしいのですが、一方、敷き布団に関心を持っている人は数年前まではほとんどいなかった。肩や腰が痛くなって初めて「何か良いものはないか」と探す方は多いんですが、これではちょっと遅いんですよね。折角なら体の調子が悪くなる前から良質の寝具を使ってもらい、健康でいて欲しい。睡眠を通して多くの方の健康を支えることは社会全体がhappyになるためにも大切なことですから。

 ではどうしたら敷き布団の大切さや製品の特長を伝えられるのか。私たちは、常に体のことを気にかけているスポーツ選手、アスリートに良い製品だと認めてもらえたら、多くの人に説得力をもって伝わるのでは、と考えました。ちょっとした体のコンディションの違いがパフォーマンスを大きく左右しますからね。そこで「スリーピング・コンディショニング・ギア」という、世界で初めてのコンセプトを立て、デザイン開発を進めていきました。プロダクトデザインとしては、マットレスの硬さや素材の違いによって色を変えることで機能を視覚的に表現したり、体型に合わせてパーツでカスタマイズ出来るシステムをつくったりしました。

 企業組織は分業が進んでいるので、プロダクトデザイナーなら製品開発だけ、グラフィックデザイナーなら広告宣伝ツールだけ、と担当業務の範囲が決まっていることが多いです。しかし、デザインマネジメントの観点から横断的なディレクションが絶対に必要だと感じたので、立場やセクションを超えて動き回り、ロゴデザイン、お店のディスプレイ什器の開発、寝心地のデータ取りやCM撮影の立会いまで、あらゆることに携わりました。その結果、現在では企業の看板ブランドとなり、国内外で活躍する超一流の野球選手やサッカー選手、様々な競技の日本代表選手に愛用していただいています。子供の頃はスポーツが苦手だったので、こうしてトップアスリートを文字通り支える仕事をすることになるとは想像もしていませんでしたね。


超撥水風呂敷ながれ

 また最近手がけたのは、超撥水風呂敷「ながれ」という製品のブランドづくりです。世界トップクラスの水泳選手の水着生地を製造している企業が、その高い技術を応用し、「水を撥じく風呂敷」を自社製品としてつくっているんですが、そのデザインコンペで私がグランプリを取ったことがきっかけでした。高機能な新しい風呂敷として、テレビ番組で取り上げられるなど一定の評価を得ていましたが、ブランディングという面では、まだまだ課題があると感じました。そこで、製品のロゴデザイン、リーフレット、ウェブサイトをつくることなどを総合的に提案したんです。リーフレットやウェブサイトで使用する写真には、製品の特長である撥水性の高さや日本の伝統美といったものが伝わるようなアートディレクションをしましたし、国内外のデザイン賞へのエントリーも行いました。第三者に良いものだと認めてもらえれば、客観的な評価の証拠になりますし、製品の認知度を高められるうえ、企業そのもののイメージアップやそこで働く人のモチベーションアップにも繋がりますからね。

 結果的に、2011年度の「グッドデザイン賞」で高い評価を受け、金賞こそ逃しましたが特別賞を受賞しました。2014年には「新・現代日本のデザイン100選」にも選ばれています。また、アメリカの「グッドデザイン賞(GOOD DESIGN 2011)」や欧州の「レッドドット・デザイン賞(red dot design award)」も受賞しました。日本の文化と技術が融合されている点や、風呂敷が折り紙のように形を変え、色々な使い方がある点が高く評価されたようです。先ほどの「スリーピング・コンディショニング・ギア」シリーズでも、日本で「グッドデザイン賞」を3件、海外では「レッドドット・デザイン賞」の最高賞(best of the best)を含めて6つのデザイン賞を受賞しています。

■今後は、どういった研究に取り組もうとお考えですか?

 デザインによる地場産業の振興の実践を研究テーマとしています。近年、従来の第一次産業(農林水産業)、第二次産業(製造業)、第三次産業(サービス業)という区分を超えて、それらを掛け合わせた第六次産業という概念が広く使われるようになってきました。東京の都心にいると、つい東京が日本のすべてのような錯覚に陥りがちですが、日本各地にはさまざまな産業やライフスタイルがあります。例えば先ほどの撥水風呂敷がつくられている群馬県の桐生市は、かつて「織都」と呼ばれるほど織物業が盛んだった土地です。地場産業はその土地の文化そのものとも言えるので、それをデザインの力で盛り上げていくことは日本全体を豊かにすることに他ならないと思います。

 他には、東日本大震災の被災地の復興ですね。2011年の東日本大震災以降、人々の価値観や生き方は確実に変化しましたよね。私自身もそうでした。大震災からの復興に関して何か自分に出来ることはないだろうか、と考えました。実は私は学生時代ははじめ農学を専攻していて、その後、建築とデザインを学んでデザイナーになったのですが、農業や植物への関心は持ち続けていました。そういったことから、宮城県の南三陸町で津波被害を受けた水田や使われなくなった農地を再生させようというプロジェクトに取り組みはじめました。同地は高齢化が進んでいることもあり、被災した水田を元通りにしても、そこで再びお米をつくりたい人がいない、という課題を抱えています。そこで、代わりにソルガム(アフリカ原産のモロコシの一種)という、塩害に強く、生長の早い作物を栽培してはどうか、というのが私たちの提案です。ソルガムは、栽培にあまり手間がかからず、サトウキビのように糖分を多く含んだ汁が取れる作物です。将来的にはバイオエタノールの原料にしようという目標のもと、今年も試験栽培を行っています。こうした取り組みは、モノはデザインしていませんが、ライフスタイルや仕組みのデザイン、つまりコトのデザインだと言え、2013年の「グッドデザイン賞」を受賞しています。こういう活動もデザイン研究の一環として続けていきたいと思っています。


ソルガムを用いた被災地における農業再生プロジェクト

■最後にデザイン学部を目指す方へメッセージをお願いします。

 はじめに、デザインとは“誰かをhappyにすること”だと言いましたが、そこから考えると、デザインをするのに向いているのは、他人を喜ばせることが好きな人ではないかと思います。例えば、プレゼントをすることが好きな人。どんなものをあげたら相手が喜ぶか、どんなラッピングをしたら喜ぶか、どんな時にどんな場所であげると喜ぶか、といったことを考えることが好きな人。誰かにこれをあげようとか、プレゼントを何にしようかと選んでいることが楽しいという人に向いている分野だと思います。必ずしも絵をうまく描く能力や、いわゆる“芸術的センス”が必要なわけではありません。デザインは社会の中で人と共にあるものなので、むしろごく一般的な、“普通”の感覚を持っていることのほうが大切です。人とは違う、エキセントリックなものをつくったり提案したりすることがデザインだと思われがちですが、人に受け入れられないのでは意味がありません。多くの人が「こうだよね」と思うことにきちんと共感できる、多くの人と同じ感覚を持っていることが大事なんです。

 かといって、人と同じ感覚だけでは、既にあるものと似たものしかつくれません。では、どうすればよいのかというと、人と同じ感覚にプラスして、ものごとを違う観点から考えたり、深く観察して、気付きを得る洞察力を磨く必要があります。大学では、この“気付きを得る”という部分をトレーニングして身に付けてもらいたいですね。


・次回は7月10日に配信予定です。