トピックス

Topics

東京工科大学 HOME> トピックス> 2011年のトピックス> 「音楽が人に与える影響を明らかにして、科学で裏付けされた治療的音楽活動を行いたい!」

「音楽が人に与える影響を明らかにして、科学で裏付けされた治療的音楽活動を行いたい!」

医療保健学部 作業療法学科 山崎郁子 教授

医療保健学部 作業療法学科 山崎郁子 教授

日本における作業療法や音楽療法を黎明期から学び、その分野のエキスパートとして活躍する山崎先生。今回は、先生が取り組んでいる研究や音楽療法との出会いなどをお話しいただきました。

■先生のご専門のひとつである音楽療法とはどういうものでしょうか?

音楽療法とは、いろいろな音楽を聴いたり楽器を演奏したりすることを通して、心身の健康の回復や向上をはかるものです。私は作業療法士であり音楽療法士でもあるのですが、スタンスとしては作業療法士の立場で音楽を取り入れています。「治療的音楽活動」と呼んでいるのですが、単にレクリエーションとして楽しむ音楽ではなく、治療を目的として系統立てて行い、得られた結果を考察して次に活かすということに取り組んできました。
例えば、私が最初に勤めた精神科の病院では、入院患者さんに集まってもらい、コーラスをしたり器楽バンドをつくって演奏したり、音楽を聴くことが好きな方には音楽鑑賞をしてもらうということを行いました。決してこちらから押しつけるのではなく、「この指とまれ」というように、したい人はどうぞいらっしゃいという形で始めたんです。その主な目的は、患者さんから自発性を引き出すことや患者さん同士のコミュニケーションを促すこと。当時の精神科の患者さんは、毎日を病院で決められたスケジュール通りに過ごしていて、自分の殻に閉じこもって人と交流しない方がほとんどだったので、音楽を通したコミュニケーションの中から協調性や社会性が養われたり、人と程よい距離で好ましい関係を築けたりできるのではないかと思って取り組んできたのです。

■音楽を通したコミュニケーションというのは具体的にどのようなものですか?

例えば、コミュニケーションをうまくとれない患者さんがスムーズにコミュニケーションをとれるようにするという目標を立てたとします。そして患者さんに集まってもらって器楽を行えば、楽器でコミュニケーションをとることになります。言葉を使わずに、ひとつの曲をいろいろな楽器を担当する人と一緒に演奏して合わせるという行為で、言葉を使わないノンバーバルコミュニケーションが取れるのです。そのコミュニケーションがうまくいくと、その先に言葉を使ったコミュニケーションがあります。にっこりと笑ったり、「今の良かったね」と相手をほめる言葉が出たり、だんだん発展していきます。もちろん楽器や歌でなく、音楽を聴くところからでも始められますよ。例えば、みんなに聴かせたい音楽をひとりずつ持ってきてもらって紹介し、みんなでそれを聴くということでも構いません。単に音楽を聴いているだけでもいいんです。聴きながら「あの人が持ってきたCDなんだ、あの人はこういう音楽が好きなんだ」と、ひとつ相手を知る情報になりますから。ですから患者さん一人ひとりの状態を評価して、どういう治療的音楽活動から始めるのが最適かを見極めながら計画を立てていくことが大切になります。

■では、その中で先生はどういったことをテーマに研究されているのですか?

この分野は新しい分野なので、まだ研究自体それほど進んでいません。ですから私は、まず基礎的な研究として、音楽が人間の生理現象や心理状態にどんな影響を与えるか、またそれらの間に相関はあるのかということを中心に調べています。音楽には、それ自体に力があります。私たちの心は音楽を聴いただけで、うきうきしたり、リラックスしたりと変化しますよね。ですから音楽そのものにそういう力があるのだと思います。ただ、それが音楽の何なのかといわれると説明ができません。また、そうした音楽を一般的な治療として用いるには、誰が行ってもある一定の効果が得られるようにしなければなりません。ですから単に気分がよくなったというような心理的な指標ではなく、きちんと裏付けとなる科学的な数字、根拠を明らかにしようと思っています。例えば、ベート-ヴェンの第九みたいな音楽と、逆にもっとやさしい音楽を聴いたとき、人の血圧や脳波、心拍はどう違うかというような人体への影響を研究機関や大学病院の協力を得ながら、こつこつと調べています。そういう研究を本学の学生とも一緒に研究していけたらいいなと思っています。
また、同時に臨床研究にも積極的に取り組んでいます。ひとつは大学医学部付属病院のリウマチセンターで患者さんに音楽を聴いてもらう計画を立てています。目的は痛みや不眠、抑鬱気分の軽減です。それからがんセンターで終末期の患者さんの痛みを軽減することを目的に、そこで働く音楽療法士の方と一緒に共同研究しようと進めています。また、別の大学付属病院では、脳血管障害や高次脳機能障害の患者さんの覚醒レベルを高めたり、自発性を向上させたりするために音楽を取り入れる試みをしています。やはり科学的データや裏付けをとる基礎研究も大事ですが、実際に患者さんに役立たないと意味がありませんから臨床研究も大切なのです。これらは研究の両輪だといえますね。

■先生が作業療法に音楽を取り入れるようになったきっかけを教えてください。

私はもともと歌が大好きで、高校生になる前から音大の声楽科に入りたいと思っていたんです。ところが親から強く反対されてしまって。それなら、何か世の中の人がしていない新しいことをしようと思い、たまたま新聞記事で募集を見つけた日本初の作業療法の学校へ行こうと決めました。その学校は、当時の厚生省(現厚生労働省)がつくった国立の専門学校で、私は3期生として入学しました。そこで作業療法の勉強をしながら、アルバイトをして得たお金で歌のレッスンを受けていたんです。どうしても歌が諦められなくて(笑)。そしてそこを卒業する頃には、「やっぱり音大に入りたい!」と思うようになり、卒業後1年間は作業療法士の仕事をしながら音大受験の勉強をし、翌年、音大に入ったんです。音大卒業後は、すぐに結婚し、子どもができてからは家庭に入って育児に専念しました。そして5年ほどたって育児がひと段落した頃に、同級生たちの活躍ぶりに感化されて、自分ももう一度働いて活躍したいと思うようになったんです。すると、またしても偶然ですが、ちょうどその頃に日本に音楽療法というものが入ってきた時期で、イギリスの音楽療法協会を創った方の来日講演を聞く機会に恵まれました。話を聞くと、音楽療法をするなら作業療法の資格を持っていて、さらに音楽の教育も受けている私以外に適任者はいない!と思って(笑)。そんな直感から音楽療法を学び始めて、今に至ります。

■最後に学生をどのような人に育てたいと思いますか?

作業療法士は、自分の創造力や持っている引き出しが多ければ多いほど、患者さんに提供できるものも多いと思います。ですから学生のみなさんには、創造力豊かな人になってほしいですね。実は、先日、本学の学生が授業でつくった陶芸作品を見て驚いたところなんです。これまでに教えてきた大学のどの学生よりも、素敵な作品をつくっていたからです。そういう感性はもともと持っているものですから、ぜひ良い方向に伸ばしていきたいと思います。また、学生の中には音楽療法がしたかったけれど、国家資格がなく、活躍の場も少ないということから作業療法士の道を選んだという学生もいます。現役の作業療法士の中にも、きっとそういう方がたくさんいらっしゃるはずです。ですから私としては作業療法士になって、治療的音楽活動として音楽を取り入れていこうと考えている人のサポートもしていくつもりです。そして、臨床現場できちんと根拠やノウハウを持って、治療的な音楽活動に取り組める人を育てたいと思っています。
[2011年1月取材]

■山崎郁子教授独自ページ
http://www3.ocn.ne.jp/~ongakuk
■医療保健学部作業療法学科
https://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/ot/index.html

・次回は3月11日に配信予定です。

2011年2月11日掲出