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水環境の調査研究から、社会と環境の関係やそこにある問題について考えてみよう!

2013年11月8日掲出

応用生物学部 浦瀬 太郎 教授

応用生物学部 浦瀬 太郎 教授

上下水道、河川、廃棄物に関連する水環境分野の研究を手がけている浦瀬先生。前回の取材では、人の感覚に根ざした水質評価として“臭気”に注目した研究や抗生物質に耐性を持つ細菌の研究について伺いました。今回は、それらの研究がどのように進展したのかということを中心にお話しいただきました。

過去の掲載はこちらから→
https://www.teu.ac.jp/interesting/017218.html

多摩川へ流入する水路での現場調査(昭島市付近)
多摩川へ流入する水路での現場調査(昭島市付近)

■前回の取材では、臭気や抗生物質耐性菌のご研究についてお話しいただきました。その後、これらの研究はどのように進んだのでしょうか?

 臭気に関する研究からいうと、河川水の臭いの原因物質として、これまで注目されていなかった物質が関係していることがわかりました。一時期、ワインのコルク栓から出てくるカビ臭として“2,4,6-トリクロロアニソール”という物質が問題になっていたのですが、河川水にも同じ物質が多く含まれていることが、調査により明らかになったのです。河川の水には、この物質が臭気閾値(臭うか臭わないかぎりぎりの濃度)の最大50倍と、非常にたくさん含まれているようです。とはいえ、なぜ河川の水にそれが多く含まれているのか、その物質はどこから来たのかという起源まではわかっていません。“2,4,6-トリクロロアニソール”という物質は、自然界では生成しないものですから、下水処理水など人の活動と関係して、河川水に含まれていると考えられます。ただ、下水処理水に、なぜその物質が含まれているのかという理由についてまでは、わかりません。ですから現状、“2,4,6-トリクロロアニソール”で、河川の臭気のかなりの部分が説明できそうだという段階です。ワインコルクのような食品に関連するものと環境とで、共通するカビ臭の物質があるというのも、ちょっと驚きですから、この物質に着目したことは、よかったなと思っています。
 抗生物質や合成抗菌剤が効かない薬剤耐性細菌(耐性菌)の研究の方では、2011年から2012年にかけて、多摩川の水に含まれる大腸菌のうち特定の抗生物質に耐性のあるものが、どのくらいいるのかをフィールド調査しました。この調査では、第三世代セファロスポリン系という比較的新しい抗生物質に耐性のある大腸菌に対象を絞ったのですが、得られた大腸菌3452株のうち75株、だいたい2~3%くらいは耐性菌が含まれているという結果でした。この比率は、水環境が人の腸内の環境をそのまま反映していると考えて理解できる数値です。また、この調査によって、耐性菌は意外と山の中にはいないということもわかりました。今回の調査では、多摩川の中下流の人の影響を受けやすい地点以外に、日原川、小河内ダム、秋川、高尾山でも調査を行いましたが、小河内ダム、秋川、高尾山で採取した大腸菌には耐性菌は、ほぼいませんでした。これはおそらく、大腸菌の起源が違うからだろうと思われます。つまり山中にある大腸菌は、ヒトではなく野生動物由来のものだと考えられるのです。野生動物は、第三世代セファロスポリンのような新しい抗生物質に耐性のある菌を、まだ持っていません。それが山の方に第三世代セファロスポリン系の耐性菌が少ないという結果につながっているのかなと捉えています。

大腸菌分離株中の第三世代セファロスポリン耐性菌の比率

薬剤耐性菌の検査の様子
薬剤耐性菌の検査の様子

■比較的新しい抗生物質の耐性菌が環境中に見られると、どんな問題があるのでしょうか?

 病院の中の耐性菌が問題であるということは誰にでも理解できますが、環境中の耐性菌にどんな問題があり、ヒトにどんな影響を与えるのかということは、まだなんとも言えません。ただ、環境が耐性菌だらけになれば、病院に持ち込まれる耐性菌も増加するだろうとは言えます。病院の中では、手術時などに感染症を予防するため、患者に抗生物質を投与するわけですが、それが効かない耐性菌に患者が感染した場合、治療が大変になったり、ときには死に至ったりすることはあります。一般に耐性菌自体は珍しいものではなく、アンピシリンとかテトラサイクリンといった、昔から使われていた抗生物質に対する耐性菌は、本当にありふれた存在です。これまでの歴史では、そういう耐性菌が出てきても、また新しい抗生物質をつくって対応するということが繰り返されてきました。ただ、それもそろそろ限界に近づいている感は否めません。第三世代セファロスポリンの先には,第四世代,さらに“カルバペネム”という抗生物質もありますが,こちらにも、耐性菌が出始めてきています。耐性菌の問題は、医療の分野の研究者や組織も取り組んでいますが、環境分野の研究者として私ができることは何かと考えると、環境中や微生物を使った一般的な排水処理の過程で、耐性菌がどのような挙動を示すかを調べることだと考えています。

膜分離活性汚泥法による排水処理の実験装置
膜分離活性汚泥法による排水処理の実験装置

■では、何か新たに取り組んでいる研究はありますか?

 同じく耐性菌関連になりますが、大学院生が大腸菌以外の菌で研究を進めているところです。「こんな種類の菌に耐性菌はいないだろう」と思われる菌で、ヒトの腸内にいないものを対象に調べています。もし、そういう菌から耐性菌が出てきたら、環境の中で菌から菌へと耐性の性質が伝わっている可能性があることを明らかにできるかもしれません。とはいえ始まったばかりの研究で、具体的なことは、まだなんとも言えない状況です。
 それから新しい研究ではありませんが、以前から企業と共同で取り組んでいる、水を浄化する技術開発があります。今、研究室で扱っているのは、船に積むことを想定した、膜分離活性技術を使った廃水浄化処理装置です。船で使った廃水は、基本的にそのまま海に流されますが、特定の海域では規制がかかっていて、廃水を一定レベルまでキレイにしないと流せません。そういうわけで、浄化技術が必要になるのですが、船の中はスペースの制約があるので、設計上の問題があります。そこでコンパクト化を図りつつ、高い性能を持った装置を実現するための運転実験などを行っています。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 耐性菌に関しては、より新しい抗生物質に対する耐性菌について調べていこうと考えています。例えば、先ほども挙げましたが、今はまだほぼ耐性菌がいないと言われている“カルバペネム”について調べていくつもりです。“カルバペネム”に耐性を持つ大腸菌はまだまだ少ないですが、“カルバペネム”が効かない菌が、河川中にどのくらいいるのかという調査を、菌種を決めずに調べていたところ、“Stenotrophomonas maltophilia”という“カルバペネム”が効かない菌が河川の水に、かなり存在するらしいことがわかりました。この菌がどういうもので、なぜ川の中にいるのかもわかりませんが、この菌は、病院内でもカルバペネム系の抗生物質が効かないということで問題になっているようです。病院で問題が起きているのは、院内感染が原因だとしても、最初の一匹は環境から来たのかも知れません。今後も調査を続けていくつもりです。
 また、臭気の方では、環境中の微生物がつくる臭気の研究に力を入れていきたいと思っています。微生物がどういうふうに環境中の水に臭気を与えるものをつくっているのかということを明らかにしたいのです。そのためにも、まず、どういう微生物がどんな臭気に関する物質をつくっているのかを調べるところから始めています。

■応用生物学部WEB
https://www.teu.ac.jp/gakubu/bionics/index.html

■水環境工学(浦瀬太郎)研究室
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=17

・次回は12月13日に配信予定です。