社会学的ロボティクスの現在

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社会学的ロボティクスの現在

■専門分野の今

 社会学的ロボティクス、社会学的ロボット学という学問分野を今まできいたことのない方もいらっしゃると思います。しかし、社会学的ロボティクス、社会学ロボット学は、現在特にヨーロッパを中心に、アメリカや中国にも広がっています。そして私は、2020年にはルーブル美術館がポンピドー美術館、オルセー美術館、モントリオール大学の研究者や学芸員を結ぶワークショップに招待されて講演を行い、翌年にはコペンハーゲン大学での学会に招待されて基調講演を行いました。日本発の工学と人文科学の融合研究として評価されるようになりました。

 この研究はどのようなものかという疑問を持たれた方も多いと思います。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、工学にはソーシャルロボットという分野があり、人間の社会的活動を支援するロボットを指します。それに対して社会学的ロボティクス、社会学的ロボット学では、人間が協同作業に関して社会学、さらに言えば、エスノメソドロジー(ハロルド・ガーフィンケルによりはじめられた社会学)・会話分析(ハーヴィ・サックス、エマニュエル・シェグロフ、ゲール・ジェファーソンにより始められた社会学)で分析した人間同士の特定の環境における協同作業とその知見(分析結果)に基づいて、ロボットをデザインする。あるいは人間とロボットの相互行為を評価することを指します。

■専門分野の20年間の変化・変遷・革新的な出来事

 この社会学的ロボティクス、社会学的ロボット学の始まりと展開は、私が深く関わっています。世界最大のコンピュータ関係の学会Association for Computing Machinery(ACM)の人間とコンピュータの関わりに関する分科会SIGCHIで2008年に日本人の筆頭私として初めて受賞したことに始まります。私とその研究グループは、日本でも有数の美術館である大原美術館でガイドが観客に絵画を説明している様子をビデオ撮影し、それを社会学的に分析しました。ガイドは説明している際の文の切れ目に視線を動かすという言葉と身体の使い方を、ロボットに組み込みました。ロボットのガイドが観客に説明をすると観客が絵画を見るときにロボットの説明に耳を傾けるようになりました。翌年、そのガイドロボットを大原美術館に持って行き、実験したところ同じく観客はロボットの説明に耳を傾けながらゴーギャンの絵画を鑑賞しました。
 この大原美術館での実験に、現在ドイツの大学で教鞭をとるカローラ・ピッチ教授がまだ助教だったときに来日して研究をともに行ったことも、社会学的ロボット学の研究が世界中に広がる一つのきっかけとなっています。またこの研究は、社会学者と工学者との共同研究です。この20年間、日本のロボット学が世界をリードしていたことは、われわれが研究を進められたことの重要な点です。このプロジェクトは、社会学者と工学者の学際的プロジェクトであり、工学系の先生方は日本だけではなく、世界をリードする研究者ばかりです。先に書いたように海外の研究者が参入し、そして世界をリードする日本のロボット研究とずっと結びついているためにこの社会学的ロボット学が展開したのだと思います。
 今では、先ほど述べたコペンハーゲン大学で開かれた学会には、コロナ禍にもかかわらず中国やアメリカなどヨーロッパ以外の国々からも参加するようになりました。また、ヨーロッパで最初に社会学的ロボット学の発表をした頃には、公共の場、特に美術館には人型ロボットがいるのはどうなのだろうと言われていましたが、この20年間にヨーロッパの各所でロボットが使われるようになったように、研究者たちの関心が高まっています。家庭で、スーパーマーケットで、空港でロボットは使われるようになり、私たちがずっとこちらも社会学の分野であると言っていたことが受け入れられるようになりました。
 さて、社会学的ロボット学は、現在と未来の二つの時間を生きています。人間同士の協調作業や人間とロボットの相互行為は現在行われていることです。しかし、技術は常に未来を目指しています。つまりわれわれは、常に「未来」を生み出しているのです。この未来をどのように生み出すかということを考察できることも社会学的ロボット学の特徴です。

■専門分野の近未来について

 社会学的ロボット学は、現在を見ると同時に未来を生み出すことを内包していると申し上げましたが、現在のコミュニケーションがコロナ禍によって変化しているように、これからはさらにコミュニケーションは変化するでしょう。政府が策定した「第5期科学技術基本計画」のなかで提唱されている新しい社会のあり方であるSociety5.0は、様々な目的がありますが、一つの大きな目的とその現状認識は、日本社会が基本的に少子高齢化していることにあります。
 労働人口が少なくなり、介護を要する人口が増えるということは、様々な問題が起こります。例えば、今まではなんでもなかった買い物も、車を運転できなくなると好きなものが買えなくなる、そこでよく合う好きな人たちと気軽に話ができなくなるということが起こりえるでしょう。内閣府で行われているムーンショット計画で行われている分身ロボットのように、遠隔からロボットを操作して買い物の場面に行く、あるいは誰かと話をするということがこれからは本格的に行われていると思われます。また、このことは、社会の多くの人々に「当たり前のこと」として捉えてられていくでしょう。

 社会学的ロボティクス、社会学的ロボット学も同様に、少子高齢化をはじめとした社会の変化や現状を踏まえることが必要です。ここで示したような技術の変化のあり方をみるだけではなく、それがどのようになるのか、様々な研究や実験をすることが必要となるでしょう。そして、様々な実験の評価を踏まえて、社会の進む方向を示すことができるようになっていくでしょう。
 近代ではどの研究分野も細分化されています。しかし、私たちはここまで多くの研究をする中で社会学とロボット工学の研究は融合しうることがわかりました。また、様々な場面とその慣習を知ることが必要であることもわかりました。コミュニケーションの変化がどのように日本社会を変えるのかを考察することも、社会学的ロボット学の射程に入るでしょう。

■高校生の皆さんへ

 このような研究は、本来はデジタルネイティブと呼ばれる高校生にこそ適している研究だと思います。また、デジタルネイティブであることを楽しんでいる高校生には、私たちにはない柔軟な想像力があると思います。私は自分が担当する大学生に様々なことを学ぶだけではなく、その感性の素晴らしさに毎回感嘆しています。社会学を学ぶことが必要となりますが、プログラミングでもよいですし、もちろんロボット工学でもよいです、何かに関心を持ち、そしてわれわれとともにこの社会学的ロボティクス、社会学的ロボット学にたどり着いてくださるといいなと思います。是非この研究を引き継いでくれる方々が日本で、そして東京工科大学にいてくれるとうれしいと思います。

このWebページでは、メディア社会コースの山崎 晶子先生にお話をうかがいました。

教員プロフィール
メディア社会コース 山崎 晶子 准教授

■高校時代は岩波日本文学大系という家にある日本の古典に関する本を読んで文学を専攻したいなと思っていましたが、新しいことを果たして私は発見できるのだろうかと思い断念しました。今思えば考えすぎであったかもしれないです。また歴史学のアナール学派にも関心を持ち、阿部謹也先生の本を読んでいました。さらに、哲学で様々な考え方のトレーニングをしたいと思っていました。未だに続いているのは、哲学をたまに読むくらいですが、これらは私の基本になっています。社会学への関心が高く大学では社会学を専攻しました。大学院にかけては、社会学理論を研究しました。
 もともと父の影響でミステリーを中心に、また日本のSFも読んでいたのですが、大学時代に友人に勧められてアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』を読み、それから『われはロボット』『ファウンデーション』を読み、そして自伝を読みました。このことと、後に日本や世界を代表するロボット工学者と出会ったこと、恩師とも言えるチャールズ・グッドウィン先生などのエスノメソドロジー・会話分析の先生方と出会ったことが現在の社会学的ロボティクス、社会学的ロボット学の基盤となったと思います。